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16の思いも天にのぼる③幸子(4)

家に着いてもまだ泣いている幸子が、心配している様子だったが、幸子の両親が出てきたので、任せることにしたようだ。
両親に励まされたが、泣きやまず、自分の部屋へ籠ってしまった。
自分の気持ちをどう整理すればいいのかわからなかった。
しばらく独りで泣いていると、担任に学校で手紙を書くように言われ、用紙をもらったたことを思い出した。
カバンから用紙を取り出し、手紙に想いをぶつけることにした。
【広君へ 
 
 久しぶりに話しかけるね。何年振りだろう。
 話すのが恥ずかしくて、話しかけられないままお別れの時が来てしまって、戸惑いと後悔で一杯です。
 広君に彼女が出来た時は、ショックで泣いてしまいました。あの時も、何でできる前に想いだけでも伝えなかったんだろうって後悔していた。何だか私後悔してばっかりだね。
 おまけにその後悔を人のせいにしようとしたりした。それでまた後悔。
 広君、こんな私が広君を好きになる資格なんてあるのかな。そう思う今も、広君のことが嫌いになれず、好きでたまらないの。
 好きな人がいなくなってしまうことがこんなに辛いことだって知らなかった。いつまでも、広君はいてくれると思っていたんだ。
 だって広君は、私のヒーローだから。また何かあればいつでも助けてくれると思っていた。
 小学校の時にいじめっ子から助けてもらった時、お礼言えなかったのも後悔している。
 今更だけど、ありがとう。
 他にも、引っ込み思案な私をさりげなく助けてくれていたよね。
 運動会の時とか文化祭の時とか、嫌な仕事を押し付けられそうになると、広君はいつも自分がやるって、手を挙げてくれていた。
 いつも感謝していた。だけど、恥ずかしくてお礼言えなくてごめんなさい。
 広君の優しさに私はいつも助けられていた。
 広君がいるだけで、安心できた。
 私にとって広君は今でもヒーローだよ。
 私はあなたのことがずっと好きでした。そしてこれからも。                
        相沢幸子】
 手紙を書き終えると少し、すっきりしてやっと涙が止まった。
告別式の日、幸子は友だちと一緒に式場へ向かった。
 式場に着く前から泣いている幸子に友だちが、ハンカチをさしのべて言った。
「今から、泣いて、式が始まったらどうなっちゃうのかしら」
「ごめぇん。だって、これが最後の別れだと思うと、もう悲しくて」
 ここ数日で一生分の涙を流したのではないかと、思うくらい泣いた。
 式場に着くと級友たちは、まばらにしか着ておらず、彼女の姿も見えなかった。
 彼女は告別式が始まる直前に現れた。
似つかわしくない、ピンクの口紅を付けて。
 式が進み、順番にみんなが焼香を行っていく。
 彼女は焼香が終わると、すぐに式場を後にした。
 式にふさわしくない口紅をして来て、お別れの会にも出ず、真っ先に帰ったその姿を見て、幸子はこれまでにない怒りを覚えた。
 幸子は友だちを誘って、彼女を追った。
 追っている間、汗が頬を伝わるのを感じた。
 彼女は、まっすぐ家に帰って行った。
 幸子は我慢できず、家のインターホンを押そうとした。
 その時、彼女は手に何かを持ち家を飛び出してきた。
 家の前にいる幸子たちに一瞬戸惑いの顔を見せたが、彼女はすぐに、背を向け駈け出して行った。
 幸子たちもすぐに、彼女の後を追った。
 彼女を追って着いたところは、小さな公園だった。
 公園の真ん中に彼女がぽつんと一人たたずんでいた。
 それからしばらくして、公園中に彼女の泣き声が響き渡った。
 幸子は怒りも忘れ、呆然とその泣き声に聞き入っていた。
 その泣き声はどんな音より、美しく澄んでいた。
暑苦しい、セミの声をかき消すほどだった。そして、幸子たちを優しく包み込んだ。
 その姿を見ていると自分の涙が、何だか作り物のように感じた。
 幸子たちは、静かに式場へ戻った。
 そして全ての人が焼香を終わらせるまで、静かに広の写真を眺めた。
 幸子は、気付いた。
 自分が泣いていたのは、広の死に対する悲しみだけじゃなく、自分に対しての怒りの涙だったということに。何もできなかった、自分への怒りの涙だったことに。
 後悔とは、自分への怒りを表していたんだ。
 そして彼女への怒りやもやもやとした気持ちは、彼女は泣いていなかったが、広を好きだった者同士、本当に広を好きだということが、伝わってきていたからだ。
それなのに、泣かない強さと健気さに嫉妬していた。
ずっと励まし続け、支えてくれていた友だちに対しても、感謝することを忘れ、自分のことしか考えられず、お礼を言えていなかった
 幸子はこの数日間が、とても恥ずかしく感じた。
 でも、涙は本物だった。広の死を悲しむ涙だった。泣くことにどっちが上とか、そんなことはないということを知った。
 翌日学校へ行き、後悔する前に友だちにお礼を言った。
「ありがとう、数日間ずっと支えてくれて。めぐちゃんがいなかったら私、ずっと泣いるだけの、悲劇のヒロインになるところだった。……違うよね。ここ数日じゃない、いつだってめぐちゃんは、こんな弱い私を支えてくれた。いつも仲間にいれてくれた。私は一人じゃない。めぐちゃんも私にとって特別な存在だよ。広君が最期の最期に、教えてくれたこと。本当にありがと」
 いつもうじうじして、自分の気持ちをはっきりと言えなかったのに、こんな風に素直に言える力があったことを知り、嬉しくなった。
(人に感謝や好意があることを伝えるって、大切だし気持ちいいんだな)
 彼女にもお礼を言おうと、席を見ると彼女は休んでいた。
 優しい気持ちで、広と彼女の机を交互に見た。
(広君。今度は後悔をしない恋をするね。美奈子ちゃんみたいに強くて、本当に人を愛せるような人になる)
 幸子は、教室の窓から空を見上げた。
 その時柔らかい風が吹き、
「好きになってくれてありがとう」
広の声が聞こえた気がした。
 幸子は空に、にっこりほほ笑むと黒板を見つめた。

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