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短編小説『すなぎもちゃん・スマッシュ・ヒッツ』 

 この小説は令和ビデオゲーム・グラウンドゼロさんの両目洞窟人間ビデオゲーム"感応"小説集に掲載された『すなぎもちゃん387』のプロトタイプになります。以下の小説は『すなぎもちゃん387』を読んでないと楽しめないということはないですが、劇中出てくる様々な要素がプロトタイプと『すなぎもちゃん387』で変容しているのがわかると思うので、比べて読むことでより楽しめると思います。もしよければ『すなぎもちゃん387』もぜひ。


『すなぎもちゃん・スマッシュ・ヒッツ』


 僕はすなぎもちゃんと暮らしていた。
 すなぎもちゃんは白ねこで、当たり前のように喋って、二足歩行で歩き、僕の家、廣井家で家族のように暮らしていた。
 すなぎもちゃんを飼った覚えはない。
 ある日、すなぎもちゃんは突然やってきて、いつからか当たり前のように居候していたのだ。
「パパさん、お仕事お疲れ様ですにゃ。ママさん、ご飯美味しいですにゃ」すなぎもちゃんは言う。
「貴様。何年生で何部だったけにゃ」
「貴様」
 すなぎもちゃんは家族で僕のことだけ「貴様」と呼ぶ。
「親愛のしるしなのにゃ」とすなぎもちゃんは言う。
 でも僕はむっとする。
 だから僕は中三で卓球部だけど、それをすなぎもちゃんには言わない。

 すなぎもちゃんはどんぐりまなこで、顔だけ見ればとても可愛かった。
 けども口が悪い。
 鈴を転がすような声で悪態をつく。
 僕がラーメンを食べていたら「そんなの食べるなんて、死に急ぐようなもんだにゃ」とすなぎもちゃんは言い、僕が忙しいと言うと「学生の貴様の言う忙しいなんて、クソみたいなもんなのにゃ。口を閉じて、宿題でもやってろなのにゃ」と言い、僕が片思いの女の子にフラれて物凄く落ち込んでいたら「貴様、フラれたくらいで世界の終わりみたいな顔をするにゃ。それくらいで世界が終わってたまるかなのにゃ。せいぜい大音量で失恋ソングでも聴いてろにゃ」と言う。
 そんなすなぎもちゃんのこと苦手だった。
 でも憎たらしいくらいにすなぎもちゃんは可愛かった。
 あまりにも可愛くて、たまにノートの端っこにすなぎもちゃんの落書きを描いてしまう。 すなぎもちゃんは顔だけは可愛いのだ。
 僕の部屋で眠るすなぎもちゃんの寝顔はとても穏やかでかわいらしい。
「すぴーすぴー・・・・・・貴様・・・・・・貴様め・・・・・・すぴーすぴー」
 寝言でも僕はなじられていて、なんだこいつと思うけども、寝顔は可愛くて複雑な気持ちになる。

 僕は深夜ラジオが好きだった。テレビよりもラジオの方が面白いと思っている。
 真夜中、ラジオをつける。
 好きな芸人のラジオが始まる。
 漫才をするようにフリートークをし、リスナーから来たメールをコントをするように広げていく。
 その世界に僕は魅了されていた。
 好きな深夜ラジオがある日は、真夜中にこっそり起きて、僕は窓際に行きよく電波が入るようにして、ラジオを聞く。
 近くで寝ているすなぎもちゃんに聞こえないようにイヤホンは忘れない。
 時折、ラジオが面白くて僕はくすっと笑ってしまう。
 その笑い声に反応して「すぴーすぴー・・・貴様、何を笑ってるのにゃ・・・すーぴーすぴー」と言う声が聞こえるけども、それを気にしない。
 深夜ラジオを聞いてる時間だけは僕のものだ。

 一度、家族とすなぎもちゃんで近所の公園に行ってピクニックをした。
「ママさん!とても弁当美味しいにゃ!」
「すなぎもちゃんは本当に素直に感想を言うわね~」母が言う。
「すなぎもちゃん、後でキャッチボールをするかい。息子は全然やってくれなくてね」父が言う。
「パパさん!ぜひぜひにゃ!」
 弁当を食べた父とすなぎもちゃんがキャッチボールをしている。
 僕はそれをちらっと見ながら、携帯をずっといじってる。
 ふと見ると、すなぎもちゃんが身体から想像も付かない速いボールを投げている。
「キャッチボールしないの?」母が言う。
「僕はいいよ。別に」
「やったらいいのに」
「貴様!キャッチボールしないのかにゃ!」
「いいよ。散歩してくる」僕は公園内を歩き始める。
「貴様!そういうところだぞー」すなぎもちゃんの声が聞こえる。
 僕はそれを無視する。
 家族と一緒にいるのがなんとなく恥ずかしい。
 とぼとぼ公園を歩いていると遠くからすなぎもちゃんの笑い声が聞こえる。
 にゃっにゃっにゃっという笑い声だった。

「というわけで、お世話になりましたにゃ」
 ある日、すなぎもちゃんは突然家を出て行くと言い出した。
「突然だわねー」母が言う。
「仕方ないことなのですにゃ。私は一カ所にとどまっていられない性質(たち)なのですにゃ」
「性質(たち)なら仕方ないねえ」父が言う。
「はい。性質(たち)なんで仕方ないんですにゃ。おい貴様」
「なんだよ」
「パパさんママさんを泣かせるんじゃないぞ。ちゃんと親孝行するにゃ」
「するよ」
「いいや、しないにゃ。貴様みたいなもんは言われなきゃしないにゃ」
「なんでそんなことを言うんだよ。最後の最後に」
「貴様みたいなものは、最後の最後でも言っておかなきゃいけないのにゃ。とりあえず貴様」
「なんだよ」
「家族とか、自分の周りをちゃんと大事にするんだにゃ。自分ばっかりじゃなくてにゃ。世界は自分だけじゃないにゃ。それに夜更かしは大概にするにゃ。それと可愛いすなぎもちゃんがいなくなったからって鬱になるんじゃないにゃ」
「鬱になんかならないよ」
 すなぎもちゃんはにゃっにゃっにゃっと笑う。
「貴様、元気でいるんだにゃ。パパさんママさんも、お体に気をつけて、それじゃあさようならなのにゃ」
 すなぎもちゃんは家を出て行く。
 すなぎもちゃんがいなくなって、僕は深夜にイヤホンもせず堂々とラジオを聞く。
 でも、たまに寝言で「貴様」となじられている気がする。
 すなぎもちゃんが寝ていたところを見るけども、誰もいなくて、やっぱりすなぎもちゃんはいなくなったのだと僕は思う。

 僕は高校一年生になって、いよいよテレビを見ずに深夜ラジオばかりを聞いている。
 ラジオが一番面白いと僕は思っている。
 いつものように深夜、窓辺で好きな芸人のラジオを聞いている。
「にしても、あの若手、すなぎもちゃんは凄いね」芸人のツッコミが言う。
「すなぎもちゃんはやばいね。俺の見立てでは多分来ると思うんだよねえ」芸人のボケが言う。
「もう来てんだよ!がはははは」とツッコミが言う。
 すなぎもちゃん?
 それを聞いて、僕の脳裏にはあのすなぎもちゃんが過ぎるけども、いやまさか。
 同姓同名の芸人が出てきたのだと思う。
 だって、すなぎもちゃんはねこだし、芸人じゃないし、さすがにあのすなぎもちゃんじゃないよね、ねえ。
「今度、すなぎもちゃんをゲストに呼ぼうよ!ねえ岩ちゃんいい?がはははは」とツッコミは笑うのだった。
 僕はその頃、テレビを下に見ていて、ラジオばかり聞いていた。
 だから気がつくのが遅かったのだ。

「廣井くん。ノート見せてくれない?」隣の席の緒川さんから頼まれる。
 緒川さんは授業中よく寝ている。そのせいで、板書を書き写せないまま、授業が過ぎてしまう。
「いいよー」僕はノートを渡す。
「ありがとうー。私、0時には寝てるんだけども、それでもとにかくずっと眠たくて。なんでだろう」
「さあ、わかんない」僕は言う。
 緒川さんがノートを開いて、写していく。「わかんないよねー。わかってたらこんなに眠たくならないもんねー。あ、」
「どうかした?」と聞くと、緒川さんはノートの端っこの僕の落書きを指さす。
 それはすなぎもちゃんの落書きだ。
「すなぎもちゃんじゃん」
「え、緒川さん、なんで知ってるの?」
「すなぎもちゃんでしょ。これ」
「昔、家にいたねこなんだけども」
「え、すなぎもちゃん、家にいたの!?」緒川さんが大きな声を出す。
 にわかにクラスがざわつく。
「廣井、すなぎもちゃんと暮らしてたの?」「あのすなぎもちゃんと~」「サインもらってきてよ~」クラスメイトから次々と話しかけられて、僕はパニックになる。
「え、どういうこと?なんでみんなすなぎもちゃん知ってるの?」
「むしろ、今、すなぎもちゃん知らない方が難しいって」緒川さんは言う。「だってすなぎもちゃんだよ」

 僕は放課後、慌てて家に帰る。卓球部は休む。
 母がリビングで『古畑任三郎』の再放送を見ている。
「おかえりー。今日の古畑は福山雅治が犯人の回よ~」
「ちょっと、チャンネル変えさせて」
「えー今からましゃが追い詰められるところなのにー」
 僕はテレビのチャンネルを変えていく。
 いくつか変えると『日帰りで帰れるところに行きたい』がやっている。
 東京から日帰りで行ける都市を旅する番組。
「今日は福島県のいわき市にやってきましたにゃー」その旅のレポーターがすなぎもちゃんだ。
 すなぎもちゃんがテレビに出ている!
「今日はどんな人や街、そして食べ物と出会えるんでしょうかにゃー。さっそく行ってみるにゃ!!」すなぎもちゃんはロケをこなれた感じやっていく。
「あー!すなぎもちゃんだ!」すなぎもちゃんが道を歩けば、多くの人から声をかけられている。
「どうもにゃーどうもにゃー」それに手を振るすなぎもちゃん。
「ひゃ~すなぎもちゃん~」おばあさんがすなぎもちゃんに話しかける。
「貴様、何歳だにゃ」
「は、88歳」おばあさんははにかみながら答える
「貴様、長生きするんだにゃ!」
「ひゃ~」おばあさんは嬉しそうだ。
「すなぎもちゃんがテレビに出ている・・・・・・」僕は言う。
「え、知らなかったの?すなぎもちゃん、すっかり売れっ子よ」母が言う。
「なんで言ってくれなかったの?」
「知ってるものだと思って。だってこんなにブレイクしてたらねー。あ!ラジオばっかりしか聞いてないから~」
「いや、ラジオばっかりだったけども・・・・・・。にしても売れっ子すぎない?」
「ぐーんって伸びてきたから。ほんと、ぐーんって」
 テレビの中のすなぎもちゃんはラーメンをすすっている。
「うまいにゃー。大将、星三つにゃ!」
 テレビの中のすなぎもちゃんはあのかわいらしい顔で、ロケを回しに回している。 

 すなぎもちゃんの勢いは凄まじい。
 ありとあらゆるテレビ番組に出る。
 ドッキリで落とし穴に落とされ、別の番組では食事の値段を予想するもまさかの大誤算をし、別の番組では大御所のお笑い芸人から車を買わされ、別の番組では大御所占い師から「あんた地獄に落ちるわよ」と言われる。
 朝の情報番組に、クイズ番組に、ネタ番組に、料理番組に、旅番組に、CMに。
 すなぎもちゃんの密着番組もある。
 "すなぎもちゃん"と手書きの名前がタイトルで出る。
『情熱大陸』だ。
「すなぎもちゃん。職業、すなぎもちゃん」とナレーションが入る。
 すなぎもちゃんはタクシーの後部座席でカメラを向けられている。
「この売れている状況についてどう思いますか?」
「たまたまにゃ。あっという間に私は忘れ去られるにゃ」
「すなぎもちゃんは謙遜する・・・・・・」というナレーションが入って、バイオリンが鳴り響く。
 僕はリモコンの一時停止ボタンを押す。
 すなぎもちゃんはどんぐりまなこでカメラを見つめている。
 このすなぎもちゃんが、本当に僕らと暮らしていたすなぎもちゃんなのが不思議で仕方ない。
 けども、本当にそうだったのだろう。
 そして僕の手の届かない場所にあっという間に行ってしまったのだろう。

 すなぎもちゃんは僕の好きな芸人のラジオにゲストで出る。
 それがめちゃくちゃ跳ねる。
 すなぎもちゃんはラジオで喋らせてもめっちゃ面白いと評判になる。
 すなぎもちゃんの単発の特番が三回あって、それも全部はねる。
 その結果。
 次の春、僕が高校二年生になった頃「すなぎもちゃんのオールナイトニッポン」が始まる。
「すなぎもちゃんにゃー。貴様ら起きてたかー」鈴の転がすような声が聞こえてラジオが始まる。
 今週あったことを悪態をつきながら喋るフリートークゾーンに、次々届くリスナーからのメールに悪態をついたり、時には笑い転げたり、話題を広げたりする場面があり、くだらなくも面白いコーナーがいくつかあり、リスナーと電話で人生相談するコーナーもある
 それだけじゃない。
 毎回趣向を凝らしたことをすなぎもちゃんのラジオはやる。
 フリートークで2時間やりきる回もあれば、リスナーを巻き込んでラジオコントをする回もある。
 ずっと悪態をつきまくってこちらが心配になるような回もあれば、リスナーと熱く話す回もあるし、しっとりいい選曲だけで聞かせる回もある。
 面白くて過激で馬鹿馬鹿しくて同時に誠実さも感じるそのラジオは瞬く間に人気になり、一過性のブレイクタレントから、熱心なファンがいるラジオスターにすなぎもちゃんはなっていく。
 僕は最初半信半疑で聞いている。
 家にいたほぼ家族みたいな存在がやっているラジオ。
 それが面白いわけがないと思って聞き始める。
 でもそれがちゃんと面白い。
 気がついたら毎週聞いている。
 なんならMDに録音もする。
 それを繰り返し登下校で聞くようにもなる。
 勉強しながらも聞く。
 僕がすなぎもちゃんのラジオを録音していると知った緒川さんから「すなぎもちゃんのラジオの録音、貸してよ。0時には眠たくて寝ちゃうから聞けないんだよー」と言うので録音したMDを貸したりもする。
 時々、緒川さんとすなぎもちゃんのラジオの話をする。
「"児童"のコーナーやばくない?」緒川さんが言う。
「マグマパスタさんのやつ凄かったよね」僕が言う。
「えー、どんなのだっけ」
「あの、中古車チェーン店では、のやつ」
「あれね!凄かった!」
 すなぎもちゃんのラジオは面白い。
 僕はすなぎもちゃんに夢中になっている。
 あの一緒に暮らしていた、苦手だったすなぎもちゃんに。

 高校三年になる。
 卓球部も辞めて、受験勉強に専念する。
「廣井くん、どこ受けるの?」緒川さんから聞かれる。
 僕が志望校を伝えると「ちゃんと頑張らなきゃいけないやつじゃん」と緒川さんに言われる。
 そう、ちゃんと頑張らなきゃいけない。
 だから僕は受験勉強を頑張る。
 けれども模試の判定はいつまでも良くないまま。
 点数は全くあがらない。
 勉強も頑張りつつ、気分転換にすなぎもちゃんのラジオはリアルタイムで聞く。
「すなぎもちゃんにゃー。貴様ら起きてたかー」
 受験が差し迫った12月。
 その回のメールテーマは「季節外れのもの」。
 すなぎもちゃんがリスナーから来たメールを、まるでコントのように広げていく。
 リスナーから来た最初のメールは「花火」。
 すなぎもちゃんはそれを受けてリアクションをする。
 そのリアクションに対してさらにメールが来る。
 花火からスタートした話題はロケット→宇宙→アルマゲドン→世界の終わり→ミッシェル・ガン・エレファントと広がっていき、最終的にはすなぎもちゃんが幕張メッセで爆発解散するという展開になる。
 その回はミッシェル・ガン・エレファントの『世界の終わり』が流れる中「貴様ら、もう終わり!終わりにゃー!じゃあにゃー!」と言って、どがーんと爆発効果音が鳴り響いてラジオは終わる。
 放送が終わった深夜3時。
 いつまでもミッシェル・ガン・エレファントの『世界の終わり』が耳の中に鳴り響く中、僕は机に開かれた赤本をぼんやり見ている。

「廣井くん、大学どこ行くんだっけ」三年の三学期の終わり頃。緒川さんが言う。
「あ、全部落ちちゃったよ」僕は言う。
「あ、そうなんだ。なんか、ごめんね」
「大丈夫、そうだろうと思ってたし、全然いいよ」
「えーと、浪人するの?」
「うん。予備校に通う予定」
「そうなんだ。あ、これ返すわ」緒川さんから紙袋を渡される。中を見ると、MDがいっぱい入ってる。
「すなぎもちゃんの。ずっと借りっぱなしなってたから」緒川さんは言う。
 MDは大量で、どれも聞き覚えのある内容ばかりだ。
「廣井くんさ、すなぎもちゃんのラジオ、まだ聞いてる?」緒川さんは言う。
「まだ聞いてるよ」
「そっか。ずっと面白いよね」
「うん、ずっと面白い」
「・・・・・・いつまでも続いたらいいよね」
「そうだね」
 深夜のラジオは激戦区で突然終わったりする。
 僕も緒川さんも番組が突然終わることを恐れているのだ。
「あ、そういえば、先週の"契り"のコーナー聞いた?」緒川さんは言う。
「聞いた聞いた!マグマパスタさんのメールやばかったよね?」僕は言う。
 しばらく僕と緒川さんはすなぎもちゃんのラジオの話をする。
 そうしているうちに僕は高校を卒業する。

 浪人がこんなに辛いとは思ってなかった。
 予備校に通ってはひたすら勉強ばかり。
 朝から晩まで。毎日毎日。
 勉強ばかりで気が滅入る。
 どこにもいけないから、ラジオでしか気分転換できない。
 他のラジオは勉強に専念するために、聞けなくなったけども、すなぎもちゃんのは別だ。
 すなぎもちゃんのはちゃんと聞かなきゃいけない。
 今が面白い。
 すなぎもちゃんのラジオは今が面白いのだ。
 僕はその面白さにすがる。
 それしかすがるものがない。

 模試の成績が良くない。
 夏になっても、なかなか志望校の判定が上がらない。
 僕は焦っている。
 家計的にも精神的も二浪は難しい。
 あと数ヶ月で成績を、偏差値をあげなきゃいけない。
 けども全然あがらない。
 毎日、朝から晩までずっと勉強しているのに、全然駄目だ。
 ぎゅーっと押しつぶされるような感覚にさいなまれる。
 僕はどうしようもなく駄目な存在のように思えてくる。
 自分なんて生きてちゃだめな気がしてくる。
 ラジオを聞いている時だけが心の救いだ。
 けども、そのラジオも辞めなきゃいけないのか。
 偏差値をあげるためには、判定をあげるためには、大学に受かるためには。
 深夜、リアルタイムですなぎもちゃんのラジオを聞いている。
 今日はすなぎもちゃんの話も頭に入ってこない。
 プレッシャーでどうにかなりそうで、もうラジオも頭に入ってこない。
 こんなのなら聞くのをやめた方がいい気がする。やめた方が。
「来週はリスナー人生相談スペシャルにゃー!リスナーと電話で人生相談をする二時間にゃ!貴様らー、喋るぞー!貴様らのくそみたいな人生、私に相談するのにゃ!」
 僕は携帯を開く。
 ラジオの公式サイトにアクセスする。
 そしてメールを書く。
 絶対に読まれるように、件名にある情報を添えて送る。

「じゃあ、次の相談に行くにゃー。えーと誰にしようかにゃー。・・・・・・にゃっにゃっにゃっ!いや、こっちの話で。あー、こいつ、メール送ってきたのかにゃ。いいにゃ。こいつにしましょう」
 すなぎもちゃんが電話をかける。
 同時に僕の携帯がなる。僕はそれを取る。
「もしもし」
「すなぎもちゃんにゃ。貴様の名前を言うにゃ」
「・・・・・・廣井。廣井です」
「すなぎもちゃんとの関係性は」
「かつて一緒に住んでました」
「にゃっにゃっにゃっ!えーすなぎもちゃんが元住んでいた、ほぼ家族からの人生相談ですにゃー!」
 構成作家の笑い声も聞こえる。
「貴様、パパさん、ママさんは元気かにゃ」
「・・・・・・まあ、元気だよ」
「じゃあ良かったにゃ。よろしく言っといてなのにゃ。そんで、相談って何にゃ。メールを送るってことはよっぽど辛いのにゃ?」
 僕は言う。浪人していること。全然成績があがらないこと。苦しいこと。どうしたらいいかわかんないこと。生きてても辛いこと。僕は悩みを言い終える。
「それだけにゃ?」
「それだけ・・・・・・です」
「久しぶりの貴様からの話がそれでいいのにゃ?」
「それでいいです・・・・・・」
「・・・・・・相変わらず、貴様はそういうところだにゃ」
「・・・・・・そういうところ?」
「またどうせ世界の終わりだって顔をしてたんじゃないかにゃ」
「・・・・・・」
「一緒に住んでた時もそうにゃ。自分には自分の世界があるみたいな顔をして、周りと協調性もなくて、そのくせ、うまくいかなかったら世界の終わりみたいな顔をしてたにゃ」
「・・・・・・そうです」
「でも、それが悪いとは言わないにゃ。人なんてそういうものにゃ。誰でもそうにゃ。私だってそういうところがあるし、作家の神ちゃんだってそうだし、ディレクターの岩ちゃんだって、リスナーの貴様らだってだいたいそうにゃ」
「・・・・・・はい」
「貴様の世界では、本当に世界の終わりみたいになってるんだにゃ。世界の終わりみたいな大きな悩みになってるのにゃ」
「はい」
「貴様、よく聞くにゃ」
「・・・なに?」
「世界は終わらないにゃ」
「・・・・・・」
「世界を終わらせないために、悩みの本当のサイズをちゃんと測るにゃ。貴様の悩みは、本当はどれくらいのサイズなのか。本当に世界が終わるくらいなのか。世界は終わらないのか。世界は終わらなくとも苦しいものなのか。どれくらい苦しいものなのか。苦しみは耐えれるものか。その苦しみはいつまで続くものなのか。一生続くものなのか。十年続くのか。一年は続くのか。それとも春には一旦決着が付く苦しみなのか、それを測るのにゃ」
「・・・・・・はい」
「それができたら、世界は終わらないにゃ」
「はい」
「あ、最後に。世界を終わらせないためにも、勉強頑張るんだにゃ、廣井」

「貴様ら、もう終わり!終わりにゃー!じゃあにゃー!」と言ってその日も放送を終える。 深夜三時。 
 明日も予備校があるし、寝なきゃいけない。
 机の上には赤本が開かれている。
 僕はその赤本を解き始める。
 少しでも苦しみを減らしたくて。
 その悩みの本当のサイズが知りたくて。
 世界を終わらせたくなくて。
 僕は問題を解く。
 今は少しでも多く。
 一つでも多く。

 受験が終わる。
 志望校には落ちる。
 けども二番目に行きたかった大学には受かる。
 僕はほっとする。
 とりあえずもう一年浪人することはなくなる
 両親から「良かったねえ」と言われる。
 僕は「ありがとう」と言う。
 母は僕の手を握って「ほんとに、ほんとに良かったねえ」と泣きながら言う。
 僕は「うん」と頷く。
 すなぎもちゃんのラジオにメールを送ろうかと思う。
 大学受かったよって。まあ、二番目だけども。僕らしいだろって。
 あいつも家族みたいなもんだし。
 でもその日のラジオを聞いて、そのメールは送れなくなってしまう。

 その日、いつものようにリアルタイムですなぎもちゃんのラジオを聞いていた時だった。
「というわけで貴様らに報告なんだけども。再来週でこのラジオ、終わるのにゃ」
 えっ?なんて
 僕は呆然としてしまう。
「理由は、まあ、なんていうか、私が芸能界っていうのかにゃ。それを辞めるんだにゃ。え、神ちゃん、何?その理由?引退の理由にゃー。とりあえず一カ所にとどまってられないっていう性質(たち)だからかにゃ。なので引退するので、ラジオも終わりですにゃー」
 僕は呆然としている。
 緒川さんからメールが届く。
「すなぎもちゃんのラジオが終わっちゃう、どうしよう」
 僕は返す。
「わかんない」
 本当にわからない。
 世界が終わってしまう。

 再来週、すなぎもちゃんのラジオは、本当に終わってしまう。
 けども最終回なのに湿っぽい雰囲気は一切ない。
 リスナーとのラジオコント回で終わってしまう。
 最初は今までの思い出メールを募集していたのに、気がついたらくだらない世界観を広げに広げて収拾が付かなくなる。
 すなぎもちゃんとスタッフ、そして僕らリスナーは笑いに笑う。
 場が荒れに荒れる中、すなぎもちゃんが「貴様ら、もう終わり!終わりにゃー!じゃあにゃー!」と叫んで、ラジオは終わった。
 最終回が終わって、放送局の駐車場には出待ちのリスナーが100人以上集まっている。
 その中には緒川さんもいる。
「貴様らーありがとうにゃー!」すなぎもちゃんは手を振って、みんなと集合写真を撮って、タクシーに乗って、どこかへ消えてしまう。
 緒川さんは泣きながら手を振り、すなぎもちゃんを見送ったそうだ。
 僕は出待ちには行かず、実家の自室の窓際で呆然としている。
 本当に終わっちゃったんだ。
 終わってしまった。
 けどもすなぎもちゃんのラジオが終わったくらいでは世界は終わらなかった。
 その春、僕は大学生になって、その夏に僕は20歳になる。
 世界は続く。

 すなぎもちゃんの引退に関して、テレビや週刊誌そしてネットは騒ぎ立てる。
 すなぎもちゃんは人気だったから当然だろう。
 実家にも取材陣が来た。
 けども僕らも何も知らなかったので「知らないです」としか言えなかった。
 それを何度も言っているうちに、世間は別の話題で盛り上がり、取材陣はいなくなり、すなぎもちゃんの話をする人はどんどん消えていった。

 最初から誰も知らなかったように、すなぎもちゃんの話題があがることはなくなった。 あのブレイクは何だったのだろう。
 結局、すなぎもちゃんがなんでブレイクしたのか僕には分からないままだった。
 けども、すなぎもちゃんは物凄くブレイクして、それを駆け抜けて、あっさりと消えてしまった。
 そして今じゃ記憶の中の存在だ。
 おぼろげで、不明瞭だ。
 すなぎもちゃんは僕の頭の中でどんどんおぼろげになっていく。
 家にいたすなぎもちゃんも、ラジオのすなぎもちゃんも。
 おぼろげになって、薄くなって、存在も忘れてしまって、僕はだいたいの時間をすなぎもちゃんを忘れて生きている。
 世界は続く。

 あっという間に僕は30歳になる。
 すっかり大人だ。
 悩みはいつもつきない。
 仕事のこと、これからの人生のこと、前より元気のない毛髪のこと、結婚どころか彼女もできないこと。
 けども、その悩みの本当のサイズをいつも考えてる。
 世界を終わらせないために。僕はサイズを測る。
 その時、一瞬だけ、僕はすなぎもちゃんのことを思い出す。
 でも、それ以外は全く思い出さない。
 すなぎもちゃんは消えてしまったのだ。
 僕の人生から、皆の人生から。
 そう思っていた。

 ある日、仕事の帰り道、高校の同級生だった緒川さんからまじで久しぶりに電話がかかってくる。
「緒川さん、久しぶり、どうしたの?」
「廣井くん、あのニュース見てない!?」
「え、何?」
「すなぎもちゃんのラジオが復活するんだよ!一夜限りだけど!復活するんだよ!」

 僕はその日、深夜に目を覚ます。
 明日も仕事があるのに。
 それでも今日は絶対起きなきゃいけない。
 ラジオはスマホのアプリで聞くから、わざわざ窓際に行くことはない。
 それでも窓際に行ってしまう。
 あと一分。
 僕は緊張している。
 別に僕が喋るわけじゃないのに。
 どんな話をするんだろう。
 というかどこに行っていたんだろう。
 この10年何をしていたんだろう。
 すなぎもちゃん、貴様は今まで何をしていたの?
 1時の時報が鳴る。
「すなぎもちゃんにゃー。貴様ら起きてたかー」
 ラジオが始まる。
 世界が続いていく。





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