報酬

 
 最近、同じ部署のBさんと話をする機会があった。

 現在、僕はBさんと同じプロジェクトに携わっているため、仕事の相談や質問など自ずとそういう機会が増えてきた。


 40代前半くらいのBさんは、入社10年の女性社員だ。

 
 暇があると色んな人に話しかけて、ゲラゲラと笑っている事が多い。大半は、業務と関係の無い話ばかりである。

 ただ仕事の知識やノウハウは確かなものを持っている人で、頭の回転が速くて資料も分かりやすい。

 僕が漠然とした質問をしても、適切に答えてくれて、なおかつその質問以外の知識もついでに教えてくれる。

 ただ、良くも悪くも空気を読まない人でもある。

 
 年増な女性特有の遠慮の無さもあって、タイミングとか関係無しに強引な依頼をしてくる場面をよく見かける。

「ありがと!はい、アメちゃんあげる!」

 そういった時、Bさんはこう言って富士屋のミルキーを渡している。

 依頼された方も、仕事が立て込んでいて苛々していたのにも関わらず、その場が和やかな雰囲気になっている事が多い。

 
 マスコットキャラのような人。僕はBさんにはそんな印象を抱いていた。

 その日も疑問点が幾つか出てきたので、Bさんに聞きに行った。

「Bさん、ここのデータって何を基準にして判断してプログラムを作っていけばいいんでしたっけ?」

 仕事を進めていく上で相手から提示された要件が何だったか。僕が訊きたい内容はそこだった。

「えっとね、確か基本的にはこの車種の時のデータを基準にして考えてって言ってたよ。ただ、この要件だけ守ってくれればそれ以外は割と自由に決めていいらしいよ。だから、例えばこういう感じでプログラムを作ってみても良いんじゃない?」

 Bさんの説明はとても嚙み砕いた説明且つ具体的で分かりやすかった。

 次に何をすればいいのか。僕の中でその具体的な案が固まった。

「なるほど、そういうことなんですね。ありがとうございます。ちょっとやってみます。」

 僕はそう言って自分の席に戻ろうとした。

「ねぇねぇ、〇〇くんは人事考課の書類ってもう書いた?」

 唐突にBさんが訊ねてきた。

 今期の自分がやった業務や学んだ内容、そしてそれを踏まえた上での来期の目標を書いてくれという内容のメールが上司から届いていた。

 冬のボーナスにも関わってくる書類。そういうこともあって、きちんと考えて書かないといけない。 
  
「いやぁ、まだ半分くらいしか書けてないです。」

「あれ、けっこうめんどくさいよね。書くところもいっぱいだし・・・。この欄とか何書いたらいいか分からないよ。」

 Bさんは将来のキャリアプランの欄を指差しながら、文句を言っている。

 プライベート・報酬・やりがい・尊敬。働く中でそれぞれの項目をどのくらいの割合で重視するのかを振り分け、それぞれの目標とそれに向けて何をやるのかを具体的に書かないといけない。

 暮らしていけるぐらいのお金を貰えればそれでいい。僕はそういうタイプの人間なため、この項目には悩まされた。

「そこ僕もちょっと迷いました。思ってたより書くこと多くて面倒くさいですよねぇ。それに、それほどこだわりを持って働いてないんですよねぇ。」

「そうだよねぇ。そんな報酬だとかやりがいとか言われても、プライベート100%だわって言いたくなるよ!
 まったく総務部は、プロジェクトが忙しい時にこんなもの送ってきやがって。仕事が進まないよ、ほんとに!」

 この発言を皮切りに、Bさんは日頃溜まったストレスを吐き出し始めた。

 顧客の無茶な要求と杜撰なデータ準備や資料。他のチームの社員の振る舞いへの不満。自分の夫に対する悪口。

 Bさんはそれらを次々とまくし立てた。

 あまり内容は覚えていないが、僕はとりあえずそつなく相槌を打ったりして応えた。

「はぁ~、なんかスッキリしたから、仕事戻るね。話聞いてくれてありがとね。はい、これあげる。」

 ひとしきり喋り終えた後、そう言ってBさんはミルキーをくれた。

「ありがとうございます。」

 それほど芯を食ったような返事をしたつもりはなかった。ひとまずお礼を言い、僕は自分の席へと戻った。

 早速、貰ったミルキーを口に放り込んだ。口の中いっぱいにねっとりとした甘みが広がる。

 飴をもらったこととは別の嬉しさが自分の中に湧いていた。

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