焦り

  ここ3週間程、先輩のFさんに指示をもらいながら業務をこなしていた。

 訥々とした喋り方の人。あまり関わったことの無い人だったのでそのくらいの印象しかなかった。

「〇〇くんは、まだ1年目だから、このプロジェクトに関わるのはまだ早いと思うんですけどねぇ。」

 Fさんは事あるごとにそんな事をぼやいていた。

 頭ごなしにしかりつけたり、威圧的な態度の人ではないため委縮する事はなく、質問はしやすい人ではある。

 しかし、面倒なことをしたくないと思っている節がある人だと僕は感じた。

 これまでで、僕が作業が遅くなった時や見落としがあった時が何回かあった。別の先輩の場合だと、進捗が遅れた要因とその改善策をしつこく咎められたり、居残りしてくれとやんわりと催促された。

 ところが、Fさんの場合だとそれほどしつこくは聞かれないことが多かった。

「その作業を終わらせたら、今日は定時であがってもらって結構です。」

 明らかに進捗が遅れている時でも、Fさんは事細かに遅れた要因や改善策を問い詰めることもなく、いつも冷静且つ淡々とした口調でそう言うことが多かった。

 おそらくこの人は基本的に自分のためになることしか興味が無いのではないだろうか。

 教えてもらっている立場の人間が、こんな想像をするのはあまり良い事ではないが、Fさんの行動を見ているとそのように見えて仕方がない。

 定時になるとすぐに帰ったり、サボっているのかと思うくらい席を開ける頻度が高い。

 定時の1時間ぐらい前に、疑問点を聞いている時もそんな場面があった。

 仕事で使うエクセルのマクロがあって、そのやり方を聞いていた時の事だった。

「じゃあ、今教えた内容をダラダラしながら実践したら定時になると思うんで、そしたらあがってもらって結構ですよ。」

 Fさんはそう言うと、そそくさと自席へと戻っていった。

 他の先輩に質問すると、僕が尋ねた内容だけでなく、それに関連する知識も教えてくれる。

 時には、僕が理解しやすいための資料を探す努力までしてくれる人もいた。

 この人には誰かのためになろうという献身性が少ない。

 三週間、Fさんと接してみて僕はそう感じた。だが、厳しい人ではないので精神的にはそれほど辛くはなかったと思う。

 そして先週の金曜日、携わっていたプロジェクトが一段落したのでFさんに報告することにした。

「Fさん、このプロジェクトって納期って二週間後でしたよね?他に何かやることってあったりしますか?」

 一つのプロジェクトが五段階くらいに分かれていて、僕はその中の一段階目の途中を任されていた。

 まだ半分にも達していないので、やることは沢山あるだろう。勝手にそう思っていた。

 Fさんは難しそうな表情で答えた。

「うーん、やることはまだあるんですけどねぇ。まぁ、後は僕が引き継ぐんで◯◯くんは違うプロジェクトを手伝ってください。」

 君の力量では任せられない。暗にそう言われた気がした。

 一瞬だけ喜びの感情が湧き出たが、それはすぐに落胆へと変わった。

 このままでは納期に間に合わない。Fさんはそう考えて判断してくれたのだろう。

 思えば、僕が作ったプログラムをFさんが自分の机のパソコンで開き、忙しなくキーボードを叩いていた場面が幾つかあった。

 あの時、もしかしたらFさんは僕の作ったプログラムをチェックして、必要な時は修正していたのかもしれない。

 そしてその過程で、僕の知識や力量が足りていないことに気づいたのだろう。

 もっと力を付けなくてはいけない。落胆していた気持ちが、焦燥へと変わった。

 能動的に仕事に取り組むべきだ。僕は気合を入れ直した。




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