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長かった第二次安倍政権もおしまいか

2020年8月28日、体調不良を理由に安倍晋三内閣総理大臣は辞意を表明した。7年8ヶ月にわたる長期政権であった。
とりあえずはお疲れ様であり、体調管理につとめてほしいところである。

当科にまわってくる潰瘍性大腸炎は、若年者の全大腸型で大腸全摘が必要だったり、下血がどうしてもコントロールできなくて大腸全摘の止むなきに至るとか、悲惨な病気という印象が強い。そのため総理大臣などというストレス満載の激務を8年近くも勤められたのは個人的には信じがたいところである。

私が物心ついたときの総理大臣は中曽根康弘氏であり、それは昭和の終わりまではずっと続いた。子供のころは時間がたつのが遅いのもあってものすごい長期間首相だったというイメージがあるが、安倍さんはそれよりも長かったんだなあ。今の中学生くらいにとっては安倍といえば総理、総理といえば安倍って感じだろう。
ところで安倍といえば安倍寛という人はいますか?いませんか、そうですか。
私の世代にとっては父の安倍晋太郎氏のこともあり、安倍といえば総理じゃないみたいな印象がかつてはあったけどもうそんなことも忘れてしまったな。

中曽根氏のあとはバブル崩壊もあいまって、小泉純一郎氏が長期政権を樹立するまでは総理大臣はコロコロ変わった。今の30前後の人にとっては首相とはコロコロしたものなのかもしれない。このコロコロ変わった時期の政治的グダグダについてはいろいろな本に書かれており、それらを読むと怒りがこみあげてくる。

まともな政治家が出てこなかったために、私達の世代、つまり就職氷河期世代は甚大なダメージを被ることとなり、また第二次ベビーブーマーでもあったため少子化問題解決の最後のチャンスをも失うこととなった。

SNSでは評判の悪い小泉政権および竹中平蔵であるが、バブル後の債務問題にケリをつけたのは竹中平蔵が主導したりそな銀行の救済であると私は信じている。異論は認める。また、小泉首相による電撃訪朝により、共産圏崩壊後ということもあり左派勢力はとどめを刺されることになった。

小泉純一郎引退後は、またしても第一次安倍政権を含むコロコログダグダの時代に逆戻りだ。リーマンショック、東日本大震災などの外生的ショックもあり、景気は低迷した。政権を担っていた民主党の不手際もあり(自民党であってもそれほど上手くやれていたとは思えないが)、第二次安倍政権への期待は高かったように思う。その辺のこととか、リフレ論争のこととか、消費税のこととか備忘録として記しておこうと思う。あと安倍晋三のせいでおかしくなった人々についてもなにかしら述べておこうと思う。

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