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ベーシックインカム、生活保護、ミニマリスト、左派加速主義
先日ちょっと話題になってたこの記事いいね。
そこまで徹底して働きたくないわけではないが、面白くて十分な収入を得られる仕事が見つからなければ働く意思は無い。生活保護法立法の過程では「勤労の意思がない者については、勤労を怠る原因をよく確かめ、その人たちを更正させる努力を払わなければならないとされていた」(同前)そうなので、国には労働環境の整備などさらなる努力を払っていただきたいものである。
生活保護をベーシックインカム的に活用することが日本でもすでに可能になっていることに驚いた。
私は左派加速主義者なのでとても喜ばしいことであるとも思った。
それに昨日の記事でも少し触れたが、現代は働くと世代間搾取の対象になってしまうのだ。
いくら我々が次世代を搾取すまいと決めたところで、いま現在の搾取が止まるわけではない。つまり社会保険料が払い損になってしまう。
であればなるべく働かないのは有力な選択肢となる。
ただし上掲記事でも指摘されているように全く働かないのは難しい。労働は尊厳や居場所を提供してくれるからだ。
「みんなが働かないようになったらお前だって困るだろう」とはよく言われるが、私はそうはならないと考えている。世の人々は、当人たちが信じている以上に働きたがっているのだと思う。
なぜなら無職であり続けるためには才能が必要であるから。孤独に耐える才能、社会の無理解に耐える才能、他者の蔑視に耐える才能、そうしたものが必要とされるだろう。私は年に4回も友人とオフラインで会えばちょっと多くて疲れるくらいの出不精なのだが、すでにきちんと社会生活を送っている人はこの生活になかなか順応できないのではないかと思う。
残念ながら私には無職の才能はなさそうだ。それにベーシックインカムは、現在の貨幣価値で月額7-10万円と想定されている。
さすがにもうちょっと欲しい。しかしたくさんではない。
最近よくミニマリストの皆さんの動画をみる。彼らはみな少ない消費で楽しく生きている。現代のテクノロジーはそれを可能したのだ、なんたって限界費用はどんどんゼロに近づいていくからね。
もちろん労働が好きなわけでもないので、ケインズが予言したように週15時間労働+ベーシックインカムでちょうどいい塩梅になりそうだ。
あるいはMMTerの言うような就労保証プログラムを導入して、ちょっとばかり働きたい人の要望に応えられるようにするのもありだろう。
こういうわけであるから、ユニバーサルベーシックインカムが導入されても、極端な供給能力の低下であるとかひどいインフレはおこらないと考えられている。
現在の生活保護の問題点は医療が無料であることだ。これもユニバーサルベーシックインカム導入の暁には上限なり自己負担を設けるべきだ。というか公的医療保険そのもののが大きく縮小されるべきだろう。物足りない人は働いて民間の保険に入ってね。
ちなみに左派加速主義におけるベーシックインカムでは、公的な社会保障をしっかり維持することが主張されている。
残念ながらこれには同意できない。今の日本のように無尽蔵に医療や介護が消費されると、だれかが余剰に働かなくてはならない。労働からの解放という左派加速主義の理念に真っ向から反しているのは言うまでもない。
このあたりのことが日本でも真面目に議論されてほしいのだが、Inventing the Futureが翻訳されないことにはなかなか話が進まない。。。
ちなみにニック・スルニチェクのPlatform Capitalismはまもなく邦訳がでる。
たぶんGAFAがどうのこうのって話だろう。ありきたりな話なのか、加速主義らしい論点になるのか、楽しみですね。
この夏に出たマーク・フィッシャーの講義録は積みっぱなしになっているのでこちらを片付けるのが先になりそうだが。
故マーク・フィッシャーは政治的には左派であるが、新反動主義とか、右派あるいは左派加速主義の源流とされるニック・ランドの近いところにいた人物である。
ニック・ランドは社会保障を徹底的に否定するのだが、どうしてこの人物からマーク・フィッシャーや左派加速主義者に影響を与えたのか。
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