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平岡栄治・則末泰博『終末期ディスカッション』おもしろかった

先日とあるメーリングリストで紹介されていた本を購入。

タイトルのとおり終末期医療、Advance care planning(ACS)についての本である。

著者らは東京ベイ浦安市川医療センターで倫理コンサルタントをやってるらしい。倫理コンサルタントという単語を初めて聞いたのだが、雑にまとめると、死ぬ間際の患者に積極的治療をやめるか悩ましいときに相談に乗ってくれる人たちである。

現代の日本は生命維持至上主義に席巻されてしまっているが、現実の患者やその家族は希望しないことも多い。そして、このギャップを埋める作業は現場に丸投げされてしまっているのが現実である。もちろん厚労省は(十分とはいいがたいものの)ガイドラインを作成しているが、いつだったかの「人生会議」のポスターの騒動からもわかるように、議論することすらタブーといった雰囲気がある。

また医療者は一歩間違えば、刑事でも民事でも訴追されるリスクがある。病院の上層部や倫理委員会は法的リスクを最小化しようとし、患者やその家族の希望はかなえられず、ときにトラウマを負うことになる。

しかし人間はいつか死ぬというのが現実であり、また本邦ではほとんどの人間が病院でなくなるという現実である以上は、医療従事者はこの現実に対処する術をもたなくてはならない。


というわけで、本書はACS4分割表など、プラクティカルなアイデアが満載である。明日から使えるtipsがいっぱいだ。

すぐ使えるアイデアだけでなく、意思決定代理人がいない、看護師が治療方針に疑問を感じるとき、主治医と違う予後の見通しを話してしまった、重大な合併症がおきたが術前にACSをできていない、など頻繁にあるわけではないが現実に経験することについても議論されている。著者らの経験豊富さや誠実さが伝わってくる。

またほとんどの議論において、著者らと自分の考え方に大きな差はないと知ることができたのもよかった。

唯一びっくりしたのは終末期に挿管されている患者を抜管する手順である。これはさすがにやったことがないし、これからもたぶんやらないんじゃないかな。。。

このように示唆に富む良書ではあるものの、やはり疑問は拭えない。

現場の人間がこんなに配慮して、法的リスクと隣合わせでやっていかなくてはいけないのか?ちゃんと手順を踏めば、川崎協同病院事件のように殺人罪で有罪になることはまあないにしても、こんな大事なことは社会のほうが決めておいてくれよと言いたくなる。あるいは安楽死を法制化すべきではないかとも思う。

さらに違和感があったのは、患者や家族の希望や価値観を大事にするということばかり書いてあることだ。終末期に全力投球すると、とんでもないお金がかかることになる。ECMOとかCHDFとかPCPSが登場すると1000万円単位になることもある。

これらは現役世代の負担する社会保険料でまかなわれる。そして社会保険料は消費税のように侃々諤々の議論もなく、すいすいと上がっているのである。この負担を無視して治療方針を考えることは倫理的といえるのだろうか?

もちろんそんなことは著者らの守備範囲ではないし、本書に期待されていることでもない。そうした個人的な疑問、違和感を差し引いても、多くの医療従事者におすすめしたい良書だ。

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