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#312 蹴球論31|2002年 日韓ワールドカップ① 〜予選リーグ〜

また長くなるテーマについて描こうとしていますが、この大会2002 日韓W杯は思い入れがありすぎるので、何回かに分けての紹介となります。

日本サッカー界が大きく前進した1年であり、この開催の成功と、日本代表の奮闘が20年経った本日にも繋がっていると言えるでしょう。
この頃僕は大学1年生、自由に試合を見ることができる学生で、本当に良かったと思いましたね。

個人としては3回目のW杯でした。


日本代表メンバー

  1 GK 川口 能活(ポーツマス)
  2 DF 秋田 豊(鹿島)
  3 DF 松田 直樹(横浜FM)
  4 DF 森岡 隆三(清水)
  5 MF 稲本 潤一(アーセナル)
  6 DF 服部 年宏(磐田)
  7 MF 中田 英寿(パルマ)
  8 MF 森島 寛晃(C大阪)
  9 FW 西澤 明訓(C大阪)
10 FW 中山雅史(磐田)
11 FW 鈴木 隆行(鹿島)
12 GK 楢崎 正剛(名古屋)
13 FW 柳沢 敦(鹿島)
14 MF 三都主アレサンドロ(清水)
15 MF 福西 崇史(磐田)
16 DF 中田 浩二(鹿島)
17 DF 宮本 恒靖(G大阪)
18 MF 小野 伸二(フェイエノールト)
19 MF 小笠原 満男(鹿島)
20 MF 明神 智和(柏)
21 MF 戸田 和幸(清水)
22 MF 市川 大祐(清水)
23 GK 曽ヶ端 準(鹿島)

トルシエの選考基準は明確で、「スタメン組15人程度」「流れを変えられる選手6人程度」「試合には出れないけど盛り上げる役2人程度」という基準からメンバーを選出しています。
分かりやすく言うと、第1グループが中田英や小野、第2グループが三都主、森島、第3グループが中山、秋田という基準ですね。

物議を醸したのは俊さんや名波の落選でしたが、それ以外にも久保、中澤、波戸などが選出から漏れてます。
この辺は致し方ないですね。

とにかく、この23人で戦うこととなりましたが、
日本代表の戦いは次回以降で細かく紹介させていただければということで!


2002年 日韓W杯 予選リーグ

まずは・・本大会に関して振り返りましょう。
初のアジア開催、初の共催開催という「初物」づくしの本大会。
日本は「金の力で誘致に成功した」と言われてましたが・・・その通り。
ただ、98年に自力で出場できず、初出場=開催時にはならなくて本当に良かったですね(今回のカタールのように)

今回の出場国を見渡せば・・・前回ベスト4のオランダが予選で敗退しました泣
それ以外は順当?という感じでしたが、前々回・前回大会のスターだったロベルト・バッジョやロマーリオがメンバーから外れたのも物議を醸しておりました。

そんな感じで各グループの戦績をご紹介。


Aブロック

前回大会98フランスW杯の覇者であり、00年のユーロも制していたフランスが圧倒的有利というか、大大大本命でした。
確かジズーも29歳とかで、最も円熟した時期に迎えるW杯ということで期待大でしたが・・・
ご存知の通り、フランスは1勝もできず、1点も決めれずに予選敗退となりました。

アンリやトレセゲ、ヴィエラやドゥラムなどの怪物を揃えても、ジズーがいなければフランスは別チームのようでした。
そしてレコバもいたウルグアイも予選敗退。
今大会台風の目となったセネガルと、古豪デンマークが勝ち上がりました。



Bブロック

スペインが頭一つ抜けて、全勝で通過しましたね。
毎試合後、イエロが試合を締めるPKを決めていた記憶があります。


Cブロック

完全に2強2弱のわかりやすいグループでしたが、蓋を開けてみるとトルコとコスタリカで競ってましたね。
ブラジルは前評判はそこまで高くなかった記憶がありますが、ロナウド、リバウド、ロナウジーニョの3Rと呼ばれたトリオが絶好調。
中国やコスタリカから、容赦無く点をとってましたね。

トルコもEURO00でベスト8に入っているだけの好チームで、ハカン・シュケルやサス、ニハト、リュシュトゥ、アルパイ。そして日本を後に絶望の淵に落とすウミト・ダバラ。タレントが揃ってました。
特に注目を浴びたのはイルハン・マンスズ。イケメンでした。


Dブロック

EURO2000もベスト4で、ルイ・コスタフィーゴなど、黄金世代が円熟したポルトガルが最有力候補だったんですが・・・
20年経った現在でも物議を醸している誤審問題。とにかく韓国さんには何らかのミエナイチカラ〜INVISIBLE ONE〜が力が働いていると思わざるを得ない、ラッキー展開が多々ありました。
この時期仲良くなっていたポルトガルを応援する同年代のサッカーフリークのSは、ポルトガル敗戦後に「泣きそうや!」というEメールが届いていましたね笑
この大会を機に、韓国を嫌いになった友人は非常に多かったですね笑


Eブロック

EURO96の優勝以降、98W杯も、00年EUROもパッとしなかったドイツが大暴れ。第一次世界大戦を彷彿とさせる暴れっぷりでした。
とにかくバラックが速いし強いしでバイタルエリアを支配して、クローゼがアホみたいに点を取り、カーンが激しく守る。この必勝スタイルでサウジを虐殺した試合は全部見てましたが。悲しかったですね。W杯で0-8はきつい!
あと、ドイツvsアイルランドの試合もすごく良かった。ロスタイムのロビー・キーンの同点弾は痺れましたね。この頃のアイルランドすげー好きでした(イアン・ハートとか)

Jリーグでも大大大活躍したMボマ率いるカメルーンは残念ながら予選敗退。
中津江村とかも盛り上がりましたね。


Fブロック

死のグループと呼ばれた本グループ。
フランスに並んで優勝候補だったアルゼンチン、のちに日本中にソフトモヒカンブームを巻き起こしたデイヴィッド・ベッカム率いるイングランド、さらにはアフリカの雄・ナイジェリアと、古豪・スウェーデン(ズラタンもメンバー入り)
とにかくどこが勝ってもおかしくないグループ(と言いつつアルゼンチンとイングランドがちょっと抜けてた印象)でした。

が、アルゼンチンが失速!
札幌ドームで開催され、俺の従兄弟も見に行った(羨ましい)アルゼンチン-イングランドの頂上決戦、ベッカムのPKを守りきり1-0で勝利したイングランドは好調で、早々に決勝トーナメントに進出を決めるも、アルゼンチンはスウェーデンに及ばず、フランスに続いて優勝候補が姿を消すこととなってしまいました泣

ちなみに、宮城スタジアムで行われたスウェーデンvsアルゼンチンの試合、僕の奥さんがエスコートキッズをしていました(当時14歳)笑


Gブロック

そしてGブロックはイタリアが大本命だったんですが、ヴィエリの健闘虚しく、予選リーグ2試合目でクロアチアに逆転負け。
フランス、アルゼンチンに続いて、イタリアまでここで消えたら非常に辛いと思っていた第3戦のメキシコ戦、アレッサンドロ・デルピエロが起死回生のゴールでチームを決勝トーナメントへ!
デルピエロはクソカッコよかったですね。
個人的には10番をつけて欲しかった思いもありましたが・・・


Hブロック

ここで我らがHブロックですが、ここでの激闘はやはり文量多く書きたいので、次回以降の手記で別途記述しますが、ホームとはいえ最高の結果でしたね。
今でも鮮明に覚えています。


まとめ

細かいディティールこそ確認しましたが、日韓W杯クラスになると日本代表メンバーと、どのブロックにどこの国がいたかはほとんどパーペキ(死語)に覚えてました。
多分ずっと、一生忘れないんでしょうね・・・

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