2024.4 『ともぐい』に脱帽する
「ええか。狙いつけたら肋骨を広げてでかい息をすれ。静かにだ。一、二、三。三度だ。急ぐときは仕方ねえから一度でいい。必ず息吸え。頭がすっきりして、照準が定まる。忘れんな。息だ」
山の猟師である熊爪が村田銃を構えて雄鹿に狙いを定める。息を吸って吐いて、そのたびに、目の前の獣のこと以外は考えられなくなっていく。今年1月に直木賞を受賞した河﨑秋子さんの『ともぐい』はこのセリフが冒頭にある。思わず深く息を吸い、吐き出すのを忘れて読み進めていくと、熊爪が以前に遭遇した鹿の解体を回想する