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確実な道か、自分のやりたい道を選ぶか

こんにちは。人生の岐路があるとするなら、それはまさに今だと思っているhonokaです。

イタリアの大学のみに絞り勉強するか、日本の大学も受け4年通うかというこの議論は、結局のところ、やりたくはないが安定と保証がある道を選ぶか、やりたいが危険な道を選ぶかという問題に尽きるのではないか?と思うのです。

99%の人(家族、友人、フォロワーさん)が「安全なほうを行きなさい」と言ったのです。もちろん彼らの言うことはとても説得力があり、私はそのアドバイスに心から感謝しています。

ここで私が「なるほどな」と思ったとあるフォロワーさんの話を紹介します。
彼女はとても頭が良く、海外の大学を受験したいと思っていたのですが、親子関係が悪かったなどの理由で、日本の大学を進路として選びました。(※親子関係が悪いと学費がもらえず、海外の大学に行くだけの資金がなかったようです)
結局、彼女は2年でその大学を中退することになります。大学のレベルが低く、まるで就職予備校のようだったと彼女は言いました。
その後の進路として選んだのは、海外の大学でした。数百万円もの借金をして、無事にそちらで卒業しました。その過程で自然に親子の縁は切れたそうです。

彼女の話から言えるのは、

やりたいことをしなかったときには、後悔が生まれる

という当たり前すぎること。ですが、この後悔とどう付き合うかが大事です。

確実な道を選んだ場合

得られるものは何よりも安定です。命の保証と言い換えることもできるでしょう。あした死ぬなどということはまずなく、セーフティネットの中で生きることができます。セーフティネットがあなたを守ってくれるから、その中で生きている分には、少なくとも「健康で文化的な最低限度の生活」は保障されます。

失うものは自由です。自分の本心とどこかで折り合いをつけることになるか、折り合いがつかずに心の中にその思いを持っているかは個人の選択に委ねられますが。

危険な道を選んだ場合

上記と逆のことが起きるのですが、やはり「私のやりたいことができた!」という充足感はかなりあります。どこかで夢を諦めるか、実現させるために何かを犠牲にするかをしなければなりません。

人生で大切なことは、囲碁に学べ!

人生は確実なことを選んでも、それが本当に確実かはわかりません。安定ばかり得ていては進歩はないけれど、進歩ばかり求めていたら弱くなります。

囲碁で、「ノビ」と「ハネ」という手があります。私は囲碁部に入っていたこともあるので、囲碁のことはある程度わかります。
ノビは、弱い手です。ノビばかりでは「地」(陣地のこと。これが多いほうが勝ち)が増えません。しかし、強固な手です。安全性には負けません。
一方のハネは、脆い手です。ハネは地が増えるものの、隙間があり、相手がそこを突いてくることもしばしばあります。

どちらの手を使えば、試合に勝てるというものはありません。試合の中でバランスを見て決めるのです。

私は「危険な道」を選んだ

18歳で単身イタリアに渡る。
それはとてもリスクがある選択です。周囲は反対しました。親も私を見放しました。

でも私は周囲の言うことを聞いた上で、危険な道を選びました。

どちらの道を選んでも、後悔はつきまといます。
安全な道を選んだら「なんであのとき挑戦しなかったのだろうか?」と。
危険な道を選んだら「なんでこんなに全てをなげうってまでこの挑戦をしたのだろうか?」と。

どちらにせよ後悔はするのです。

それなら、よく言われることですが、「やってからした後悔」を選びたい。

そう思い、私はこのリスクを容認したのです。

さいごに

親に反対されてやめるくらいならやって失敗した方が1000倍マシだし納得できるわ。びびって同じ場所に踏みとどまってても何も得られない。変わるためにはリスクをとらなきゃいけない。起こってもない未来の心配ばっかしてる時間が無駄。私の人生は私が決める。たとえ親でも子の人生を決める資格はない。
Twitterより

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