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便所飯する人の気持ち



※食事中の方タイトルからすみません。下ネタは出てこないので安心して読み進めてください。


大学1回生の春。

友達作りのタイミングを失った僕は
毎日一人で行動した。


家から2時間かけて通学し、一言も話すことなく大学を出て2時間かけて家に帰ることも珍しくなかった。

唯一話したのは昼休みに弁当屋に行って
「からマヨ弁当」とおばちゃん頼むだけのこともあった。

授業も1回生の間は座学ばかりなので
友達がいない限り話す機会がない。


そんな僕にとって最も嫌な時間は昼休み。

昼休みは、基本外で弁当を買って
昼休み後の授業の教室でご飯を食べることがほとんどだ。


なので教室にて弁当を食べようと思えば
すでにグループができてる同じ学部のクラスメイトがいる。

つまり
グループがたくさん出来上がってる中で、
1人ぽつんとご飯を食べることになる。

そう。「友達がいない奴」と見られるのが
心底嫌だった。

この気持ちは、
わかる人にしかわからないだろう。

友達がいない奴=人として難がある
と思われるのが怖かった。

何よりクラスメイトが楽しそうにしていればしているほど、
孤独感に溺れそうになることが嫌だった。


数年前に「便所飯」というワードが話題になった。
昼休みにトイレで弁当を食べるという行為だ。
人の目を避けたいという心理が強くなっての行動。

ある程度潔癖だっただけに、
便所飯を前にも後にもすることはなかったものの、
便所飯をする人の気持ちはとてつもなくわかる。

孤独であることを認知したくないし、認知されたくないのだ。

結果、授業のある教室から10分以上歩いた別の学部の教室で一人で食べる。
別の学部なら、全くの他人としてみなすことができるので孤独感が紛れるからだ。

ご飯を食べ終わって昼休みギリギリまでぶらぶら学内を歩く。
授業の始まる直前に教室に入って授業を受けた。


あれから10年以上経った今。

職場で昼休み一人でいるのが普通。
一人でランチ。
一人で焼肉。
一人で旅行も普通に行く。

むしろ孤独を楽しんでる自分がいる。
もちろん、今では信頼できる友も周りにいる。


孤独感が出た時の処方箋はたった2つ。

つながりを作るか。
孤独を受け入れるか。

昔の自分と同じような人と今後出会ったならば、
ただただ普通に話したい。


普通に話せる人がたった一人いるだけで、
当時の僕には紛れもない救いだっただろうから。


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【当noteの発信内容】

当noteは、

占い師からただのフリーターになった何者でもない32歳の男が、

自分史を通じて

自身の人生のミッション(役割)を見つけだすことで、

自分探しの旅を終わらせるまでの軌跡をつづっていく。

人気占い師から、ただのフリーターになった男の話

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