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そして退職へ

「なんのためにこんなことやってるんだ?!」

5月の大説教から数週間後。
「どうやったらこの職場に踏みとどまれるか」から「あ、もういいや」に変わる瞬間がやってきた。
この週も週の頭から思いつきのような業務命令が降ってくる。月曜というのは一番厄介な曜日だ。週末に仕入れたであろう知見から、前週までの方針にはまるで入ってなかった指令が舞い込んでくる。この週もそんな感じだった。

時は少しだけ遡って、入社数日後。
この時点で会社に対してうっすらと嫌な予感はしていた。いくつか理由はある。
(1)価値観がアップデートされていない雰囲気
私が通っているラボに社長がやってくるとの一報が入った。みんな慌てて掃除とか始める。まぁこういうのはどの会社にも見られる光景だ。社長というのは本当にこっちの都合も考えずにやってきて、さも「みんなの様子を見にきてやったぞ」感を出すものだ。
社長がやってきて、ラボのメンバー6、7人が社長を囲むように直立不動の体勢をとる。私が社長に自己紹介をして、その後社長が各メンバーに声をかける。

まず私の元いた会社に対して恨み言を述べてきた。取引を切られたことに対しての恨み言なのだが、それはこの会社の不祥事が原因だというのに。まぁ色々と言い分とか思うこととかあるのは分かるけど、元社員に対してそんなこと言うかね。私がまだその会社の人間と繋がっている可能性は考えないのか?
また他のメンバーに対して「まだ結婚してないのか?早く若い嫁さん見つけないとダメじゃないか。あの事業所にいた⚪︎⚪︎ちゃんとかどうなんだ?」という、令和とは思えない声かけをしてくる。この手の言葉は人によって気にする気にしないはあるだろうけど、一企業の社長が職場で言っていい言葉ではもうない。ギリギリ許されて20世紀までだ。まさか忘年会とかで温泉行ってスーパーコンパニオンとか呼んでないだろうな?
職場をみんなの愛想笑いが包んでいた。

(2)生え抜き社員の諦め感
私以外のメンバーはほとんど新卒からの生え抜きだった。彼らから漂う「ここはそういうところだから慣れてね」みたいな言動が目立った。
社内規程の大事なところが隠されていたり、逆に社内規程で認められている規則が慣習で認められていないかったり。給与規定が隠されているってあるか?
フレックスタイム制でコアタイムが10〜15時と規程にはあるのだが、9時前には出社することが半ば強制される。これも入ってから聞かされたことだ。
過去に「それはおかしいんじゃないか」と声をあげた人は何故か心身を病み長期休暇に入り、「これだけ人数のいる株式会社で労働組合がないのはおかしい。作ろう」と声をあげた人はいつのまにか退職していったそうだ。それがここなんだと説明される。
メンバーのほとんどが顧客ではなく役員陣の顔色だけを見て「怒られないように」仕事をしている。実際に「そんなことしてたら⚪︎⚪︎さん(役員)に怒られちゃう」「⚪︎⚪︎さんに目をつけられちゃうの嫌だからね」が日常的に飛び交う職場だ。

話を戻す。
当時のチームは8名。そのうちエンジニアが5名で、私含めた3名がマーケティング・法人営業などビジネスサイド職兼フロントであった。
エンジニアはメカ屋・電気屋などハードウェアに関するエンジニアが在籍していて、ソフトウェアエンジニアはいなかった。が、役員の方針でソフトウェア開発の内製化を進めようとしていて、彼らは本業の他にプログラミング講座を受けていた。各業界へのプレゼン用に簡単なデモソフトであれば自前で作れるようにするというのが目標であったようだが、“Hello, world”から始めているようなその内容は実業務でのプレゼンのための組み込みソフトを作れるようになるには程遠かった。私は友人の伝手からプロトタイプ作成してくれるソフトウェア開発会社を探し、契約まで漕ぎ着けた。ここでも色々あったのだけど割愛。

そして内製化の波は私の方にもきた。製品の技術紹介動画を内製化するというものだった。インバウンド営業の一環として技術ブログのように「このような分野で活用が見込まれます」的な動画を週に1本ペースで公開するという内容だ。その動画作成を自社で作ると。動画内容・構成・編集・字幕入れなどを全部自前で作り、最終の仕上げだけ動画作成会社にやってもらうということらしい。もちろん最終的にはそこまでも全部内製だ。
命じられた私含めたメンバーは動画撮影の経験などほとんどない。私も遊びで数本作っただけだ。それで会社製品のPR動画を作る。本気か?
そもそもこの事業に関するページが公式サイトにないではないか。どうやって動画サイトに誘導するんだ?企業の顔はまず公式ページからだろう。いくら動画サイトによるマーケティングが主流になってきてるからといって、BtoBにおいては信頼性が大事なはず。

慣れないなりに技術アピールのためにどんな動画を撮るかアイデア出しをし、10分以内の動画用の絵コンテを作成する。慣れないなりに作成して、動画編集。文字入れとAI音声によるナレーション入れ。そこまでしなくてもドラフトの時点で見せればいいという気がするが、役員は週末までに5本の動画を作成してナレーションまで入れて見せろと言ってくる。本来の業務の傍ら動画作成、どころか動画作成の片手間で本業をやっているような感覚。
そして金曜の試写会兼報告会がやってきた。そこで冒頭の一言である。

他に仕事あるのに無茶振りにこたえて出した結果に対して、「こんなものを作って、私の時間を無駄にしてなんのつもりだ」「なんでこんなの作ったんだ?」
月曜に出した指示はすっかり忘れているようだ。一緒に指示を受けた管理職は一言も喋らず私に全てを投げている。というか、お前管理職だったのか。さっきまで知らなかったぞ。
罵倒に対して精一杯の回答をしていくが、答えにもなってない罵倒で返される。
「こんなものしかお前はできないのか?」
と怒鳴られ、管理職はフォローもせず役員側のような目で俺を見てる。この瞬間に何かがお腹に落ちてきたような感覚になって、一切の焦りだとか恐怖だとかが冷えて無くなった。
「そうですね」
と静かに答え、役員を見つめる。睨んではなかったと思う。ただ見つめていた。
「あ、そうですか」
と役員は言って、席を立つ。私も席を立つ。もうこの会社にいる気はなくなった。試用期間だろうが構うものか。ただ次の行き先は決めてから辞めたいな。でもそんな時間ないよな。どうしたものか。

どういう形で退職する。その一点だけが考えることになり、気が楽になった。

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