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古草紙昭和百怪「夏の夜の怪談」(「別冊アサヒ芸能」 昭和36年か)

 「暗く静かなところで読んでください」と但書が付く「夏の夜の怪談」(「別冊アサヒ芸能」 8月20日 50~61頁 写真8点 挿絵3点 マンガ・水野良太郎 徳間書店)は、珍しく十頁を越える紙幅に四話を収め、全頁に図版を添へた力作ながら、「夏の夜の怪談4 江戸庶民が好んだ怪奇伝説」は「剪燈百話」の抜粋。加へて第一挿話は以前の拙稿と重複する為、言及すべきは残り二篇に留まります。ただ、それぞれ複数の怪異を伝へる内容なので、二回に分けて紹介しませう。
 「夏の夜の怪談2 都内に出る女の交通ユーレイ」。「…八王子市では、毎年夏が近づくと"お化け"の話が持ちあがる。…。八王子駅から北へ約五キロばかり行くと、滝山城址のハイキング・コース入口になっている左入(さにゅう)の町に出る。道は左に曲ると五日市町へと続き、滝山の切り通しを越えれば多摩川を越えて昭島市に通じる。一昨年の七月末のあるむし暑い夜だった。…。…夜の十二時過ぎのこと。八王子市から昭島市に向ってこの街道を突っ走っていた一台の大型トラックがあった。…、この"左入の切り通し"にさしかかかった。夕方から雨が降り続いているとはいえ、道は完全」な「舗装道路…。…足は深くアクセル・ペダルを踏み込んで、車はグーンとスピードを上げた。……と、その時、ヘッド・ライトの輪の内に、ボーッと浮かび上った人影があった。『危ねえ! こんな夜中に……』…相手がのくものと思って、大きく警笛を鳴らしながらそのまま人影に近づいていった。だが、どうしたことか、人影は車をさけようとしないばかりか、悠々と道の真ン中に歩み出て来る。『バカヤロウッ!』…大声でドナって、もう一度人影を見なおした。道路の真ン中に現れた人影はまだあどけない少女であった。そればかりか少女は、つぶやくように手マリ歌を歌いながら、ゆっくりと着物のソデをたくしあげて、マリをついている…。…夢中で警笛を鳴らしブレーキを踏んだ。…、その時には、時速八十キロをこえていた大型ダンプは、真正面から小女を引き倒していた。…大急ぎで車からとび降りて、すぐに車の回りや下を調べた。だが、不思議なことに引き倒したはずの少女の死体がどこをどう探しても見付からないのだ。…。『あれは幽霊だ。お化けだったんだ』」
 「この噂は、たちまち…拡まった。…一人の長老がこんなことをいい出した。戦前、この"左入の切り通し"は、車も通れぬ狭い道だった。そこを車道にしようと広げたのである。…、工事現場で働いている父親をたずねて、小女が遊びにやって来た。…ちょうどその時、土砂くずれが起って少女は下敷に…。…工事を急ぐために…死体をそのままにして、…道路を作ってしまった。…戦後、この道を埼玉県の横田基地への道路にしようと、米軍が道を拡げて舗装した。…、山…が急勾配だったので、…長年の雨にゆるんだ土砂がくずれ落ち、…少女の白骨が出て来たのだった。」
 小見出に曰く「バックミラーに乱れ髪の女」は、「すぐ裏手が多摩川という世田谷区鎌田一七五を横切る、細い道路に向って急カーブを切っている。乗用車がやっと通る道の左側は、長い石ベイが続いている。三百メートルはあるだろうか。…、多摩川から吹きあげる風をさえ切るように高さ一・五㍍のヘイが黒く浮かんでいる。…。…四月中旬の午前三時半ごろ。自家用車を走らせて暗い夜道を多摩川にそって、東京撮影所に行くため、この道を通りかかった。…バックミラーに目をやった。…、何か光ったような気がしたのだ。"オヤッ"…。…、髪をふり乱した女が後の座席から…おおいかぶさるようにうつっていたのだ。青とも黄色とも、表現の出来ない光が、女の顔をかすかに照しているのだ。…。…、…辺りに住んでいる老人(六〇)に聞いたところ、三年前に若い女性が多摩川に身を投げたが、死に切れずにはい上り、石ベイをのり越えたが、…すべって、頭から落ちて、こと切れた。…。雨の日などはとくにはっきり顔が出るという…。」
 最後に掌篇。「玉川線二子玉川園から砧にのびる玉川線砧支線が出来たのは大正十三年三月。三年前から吉沢駅の玉川園よりにユーレイ列車が走るという噂が広まっている。…、終電が」通過し「たあと三十分くらいしたとき、音もなく中耕地駅から電車が一両走ってきた。乗ってゐるのは二十歳前後の若い女…で車内は暗く、顔だけが光ってみえる。…。…運転手がのっていないように思えた。…。このお化けは、三年前、踏切りを渡ろうとしてひかれた女性(身元不明)のユーレイで、なかなかの美人。…、雨の日は車体が光を放ち、ゾーッとするほど彼女が笑うそうだ。」
 なほ、家蔵切抜は日付のみ鉛筆で記載あるものの、年代が定かではありません。冒頭に置かれた「夏の夜の怪談1 骸骨・幽霊を愛して三十年」の主人公は以前に本欄で取上げた彫刻家ですが、二つの記事共に年齢が同一。従って、この記事も昭和36年かと推定する次第です。
令和6年文月朔(月) 

「幽霊と化物づくり五十年」(「週刊事件実話」 昭和36年) https://note.com/boroneko/n/n51b7ba7720c6 


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