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ボクは愛に殺される⑨

【八章】

みちゃんは、我はそこまで強くないが、
自分の世界が、特に愛することへの考え方が、人一倍しっかりしている人だ。

なにに関しても責任感を感じすぎて完璧にやりすぎてしまう、その性格からきている…というにも、なんだか違くって。

でも、一途で、好きな人を心から応援して弱いところまで包み込める、
そんな慈愛に溢れた恋愛観が、とても綺麗だと思った。

ボクは、最近愛の価値がよくわからない。結局傷つくのはいつも自分で、傷つくくらいならボクの方から捨ててしまえばいいのかな。クズになってしまえば、楽になれる気がする。

そう独白したが、みちゃんは叱った。

『人に捨てられて傷ついたその感情は、クズじゃないあなただからこそ抱いたもの。

本当に優しくて、純粋な愛情を持っていたからなんだよ。

自分もクズになってしまえばいい、なんて考えちゃダメ。
しばらくでいいの、私から離れないでほしいな』

ボクのこれが優しさだなんて、ボクが優しいだなんて、
真正面から言われたことなんてなかったから、思いっきり泣いた。
そんな言葉をかけてくれるあなたが、一番優しいんだよ。

暇があれば、何度でも会った。
プラネタリウムに、水族館に、どこへでも行った。

お互いが思う存分愛しあえるから、家にもきてくれたし、お泊まりにもたくさんきてくれた。

寂しくなくて、満たされて。安心するのに、刺激的で。
隣にいるだけで、ずっと脳みそがとろけてるみたいで。

可愛がりあって、求めあって、いくらでも本音の愛を囁き合って。

幸せすぎるから、あとでどん底に落ちるんだろうな。

みちゃんには、ボクにはない変わった精神疾患があった。

解離性同一性障害。
心の中に、自分のストレスを肩代わりしてくれる別の人格がいて、
それが自分の中で話し合っていたり、記憶がない間に外に出て、別人のように振る舞いが変わる病気だ。

いわゆる多重人格というやつだが、人格交代した時は本当に別の人のような話し方、声色、体の力になるので、支えていく人は、その人たちとも付き合っていくことになる。

かなり理解が難しい病気だが、実は浮気をやめられなかった元カノも、妹も持っていたから、受け入れるまでに時間はかからなかった。

みちゃんはお酒を飲むと人格交代を起こしやすくなり、
よく破壊人格というのが表れて、ボクに暴言を吐いたり、自分の身体をボロボロにしてやろうとしてくる。
綺麗で甘い声から一転、ドスの効いた低い声になり、逆にいつものみちゃんではないと割り切れたから、
ショックというのは少なかった。

…自分の幸せを破壊しようとボクの全ての連絡先をブロックしてきたり、
目の前で飛び降り、飛び出し、首絞めで死のうとする時は、さすがにその限りではなかったが。

ボクと付き合ってからは、
お酒の本数も、飲むお酒のアルコール度数も少なくしてくれた。
一時は不満そうだったけれど、なんとか大丈夫になったらしい。

誰がどう見ても可愛い顔をしたみちゃんと、
みちゃんがかっこよくて可愛い顔だと褒めてくれるボク。

幸せだからツーショットをSNSに投稿すると、
界隈で美男美女カップルとか、お似合いだとか、2人なら幸せになれるとか、
めちゃめちゃにもてはやされた。みんなに応援された。

だからこそ、そういう人格に苦しめられて辛かったなんて、誰にも吐き出せなかった。
だって、みんなが心から応援してくれているなら、
ボクの彼女が悪く思われるようなことを書いてはいけないから。
なに一つ不満のない、素敵な女の子だと思っていてほしかったから。

罵詈雑言を浴びせられ、腕を切られ、深夜から朝方まで自殺を仄めかしたり目の前で死のうとされ、
辛くても苦しくても悲しくてもどうしようもなくても。

誰にも、そんなことは吐き出さなかった。


感情処理が追いつかない時、せめて傷がつくのは自分だけにとどめておこうとして、
今まで考えられないくらい多量にODしてしまったりも、した。

それで病院のお世話になるたびに、みちゃんが心配するたびに、みんなからは。
彼女を心配させんな、医療機関に負担をかけるな。
そういって、追い打ちをかけられた、ような気分だった。

それでも、会っている時は、お酒を飲みすぎない限りはいつもの優しい優しいみちゃんだから。

所詮ボクを苦しめるのは、みちゃんの顔をした別の人間だから。

離れるなんて、選択肢にはなかった。

【八章 完】

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