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ボクは愛に殺される⑥

【五章】
『いい音が録れたね!楽しかったみたいでよかった。』
その音に月も喜んでくれたし、チームのみんなも絶賛してくれた。

ボクも親友も録り音に満足している。
残りのお菓子を開封しながら、曲をさらに高める工夫を考える。

そうだ。心を揺さぶる音楽。

ボクが表現したい音を一番わかりやすく聴衆に届ける手段─つまり、ボクの生録音で録ろう、と発案した。

のちに発案はチーム内で大好評を博し、そのままコンペ本番にも持ち込まれることとなるのだが。

この生録音のために新しい楽器を新調し、校内のスタジオで涙を堪えながらボクは奏でる。

それだけしか、それだけしか出来なかったんだ。

響くは とこしえの いのちの詩。


順調に見えるこのプロジェクトの最中にも、やはり自身の精神疾患との戦いがある。

つらい、苦しい。親友に吐露することもそう少なくはなかったが、
その度に漠然と、しかし的確に、心の支えになる言葉をくれる。

親友がこんな言葉をボクに漏らすのは初めてだった。


『死にたい』

いつも支えてくれる側の親友に似合わないセリフを、突然個人メッセージに送ってきた。

何があったんだと聞くと、『婚約を考えてた彼女が別れ話を持ち出してきた』という。

ボクはこの人には絶対に死んでほしくない。

致死率の低い手段だったらいいな、という気持ちと、
死ぬなら確実で苦痛の少ない手段がいいな、という気持ちで、
何を使って死ぬんだと聴いてみた。

『練炭と睡眠薬』

危ない。

止めなきゃ。

それでは本当に死んでしまう。だから。

同じ炭火なら焼肉食べに行った方がいいだろ、今日はボクに付き合ってくれ、最寄駅まで今すぐ行くから。

そう言って、すぐに親友の最寄駅に向かった。

親友が、いた。
少し前のハイキングと同じ眼差しの親友が、いた。

よかった。止められたんだ。
結局焼肉は行かなかったけど、ぶらりとウインドウショッピングをして。

『今日は落ち着いたよ。ありがとう。』
そう言い残して、親友は家の方に帰っていった。

それからも、親友がいつも寝る時間までやり取りをして、安心して眠りについた。

次の日も、ちゃんと受け答えしてくれた。
いつもの、親友だった。
少しだけ、既読が遅いこと以外は。


その次の日。

連絡が、つかない。

そのまた次の日。

連絡が、つかない。


そしてその次の日。
痺れをきらしたボクは、電話をかけてみた。

発信音。
発信中の画面を必死の形相で見つめる。


数十秒後。

出た。
よかった。


親友は、生きて、いたんだ、また、いつもの、あの声を、『もしもし。もしかして、息子の親友の。』
女性の声が、遮る。

はい、いつもお世話になっています。既読がつかないので電話をかけてみました。どうされましたか。

『息子は。実は。
昨日、息を引き取りました。』

呆然。暗闇に引き摺り込まれるような。
絶望を。感じた。


…固まっている場合じゃない。
そうでしたか、とても残念です。もしかして、ご自分の手で、ですか。
『はい。車の中で、綺麗な顔のままで、
発見した時には、』


やめてよ。

そんなの。

『もう手遅れだったようで、』

認められるわけが。
『冷たくなっていました。』


認められないよ。

生きる希望が、柱が、後押ししてくれる存在が、初めての親友が、一緒にあの曲を仕上げていく仲間が、ボクの世界が。

もうこの世に、いないなんて。

多分衝撃的すぎて、受け止められなかったんだろう。

そのあとのボクは酷く冷静で。
というか、感情が凍りついているようで。

告別式の日程を聞き、その電話を切った。

時が、感情が、世界が、止まっている。

何も感じない。


本当の最後の別れの、棺に入った大好きな親友の顔を見るまでは。
ずっとボクの心の歯車は、止まっていて。


当日。

棺を目の前にして、ボクの花束を捧げたその瞬間に。
ああああ。
あああ。
ああ。
嗚咽とも叫び声とも取れないような声を出して。

崩れ落ちたまま、泣いた。

泣いた。
泣いた。

泣いて、お焼香をして、列に戻って、また泣いた。

だって。ハイキングの時のあの時の顔と。
全く違わない、今にも目を覚まして話しかけてきそうな、
そんな顔で。

それに。


遺影。

親友の生前、一番いい笑顔だったという理由で。

大自然をバックに、お菓子を両手で持って微笑む、
あのツーショットの、親友側だけが切り取られた写真だった。


なんでさ。

あれから1ヶ月も経ってなくて。

一回は、止められたのに。

一回だけは、止められたのに。

一回だけは、死ぬのを止められたのに。

"なんで置いていくんだよ!!!!!"

って叫びながら、ボクはずっと泣いていた。


御親族しか行けないはずの、火葬場。

どうしても認められないボクは。

ついていってもいいですか、なんて聞いてしまって。

でも息子の大切な親友だからいいですよと。

骨の出てくる部屋に通されて。

『これが頭蓋骨で、こちらは喉仏で、仏様が座っておられるような形をしているので、このように呼ばれています。』

なんて話も聞いて。

震えてうまく持てない長すぎる箸で、

一本だけ、

ボクの手で、壺におさめて、

そこには、ボクより大きかったはずの親友が、
すっかり小さい壺の中に入り切ってしまっていて。

そこでようやく、

もう親友はこの世にいないんだ。
そう思って涙を拭いた。


帰宅した。月を待った。電話をかけた。

報告を聞いて、月もまた、涙を流していた。

死にたいよ。どうして連れてってくれなかったんだよ。置いていくなんてひどいよ。一回は止められたんだよ。ボクが悪いの?全部ボクが悪いんだ。

思いの限りをぶつけた。
ぶつけるしか、なかった。

疲れて、神様も仏様も信じてないはずのボクが、

天井に向かって手を伸ばして。


見てるか。おじいちゃんになったら、
向こうでまた音楽一緒に作ろうな。


なんて、話しかけて。

気絶するように、寝た。


朝が来た。

親友がいない、朝が来た。

学校。行かなきゃ。
でも、心が重すぎて。

少しあの時のリュックが目に入っただけで、胃液を戻しそうになる。

足取りは、重い。
家の中なのに、重い。

ダメだ。

お薬に、頼ろう。

DXM...デキストロメトルファン。
咳止めとして使われる、
ドラッグストアにも置いてあるこの成分の薬は。

ODすると身体が軽くなって、意識が少し遠のいて、
歩けるのに現実感がなくなるから。

たくさん飲んで、学校に行った。

効きすぎて、保健室に運ばれることもあった。

メジコン(DXM)...解離作用のある、咳止めの一種。
過剰服薬により現実感の消失、ふらつき、
閉眼幻覚、多幸感、不安、意識消失などを生じる


だから、次の日も、その次の日も、たくさん飲んで、学校に行った。

身体はそろそろ限界だと告げている。

ずっと副作用が取れなくて、
気持ち悪いし、頭が痛くて寝付けない。

そういえば明日は、生楽器の校内レコーディングの日だった。

無理矢理、寝た。

天井におやすみと言って、寝た。


翌朝。曲を完成させなきゃ。レコーディングしなきゃ。

久々にシラフで学校に行った。

最後までこの演奏を、完成版を、聴くことがなかった親友。


川の音をバックに、流麗な低音楽器と神秘的な打楽器の美しいハーモニー。

それにのせて、
ボクは奏でる。

天にまで届けよと、
ボクは奏でる。


──響くは とこしえの いのちの詩──


【五章 完】

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