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白黒捕物帖

 その一帯はひどく乾いた風が吹き、宿場であっても常に砂塵が舞い続ける。小さく咳き込んだ旅人が三度笠を上げたのは、目的の酒場がようやく目の前に迫ったからだ。脇に貼られた人相書きを一瞥し、痛んだ障子を開く。
 昼日中から酒に溺れる無頼者たちの視線が旅人に集中した。粗野な気配に一寸足を止め、しかし気にせぬ体で初老の店主が立つ番台に向かうと、合羽の裏から紙切れを取り出した。表の人相書きの一枚と同じもの。知っているかと問うと、店主は溜め息を返す。

「旅人さんよ、ここは酒屋だ。まず何か注文しな」
「……甘粥を」

 客の間でどっと笑いが広がった。

「なんだそりゃ、餓鬼かよ!」
「鼻垂れ坊主はうちに帰っておっかさんの乳でも飲んでな!」

 あからさまな侮蔑と嘲弄にも動じず、旅人は店の中を見回した。そして一人の髭面を見定めると、彼の前に歩み寄り言い放つ。

「賞金首、ムジナの鹿兵衛。金壱萬、私が頂戴しよう」

 その男、まさしく賞金首の鹿兵衛はたちまち顔を引きつらせ、その目に殺意が宿った。客の笑いが止まり、緊張が店を満たす。
 しばしの沈黙の後、わはは、と笑った鹿兵衛は腰の白刃を一閃させた。抜き打ち。だが旅人の獲物の方が速い。先端をピンクのハートで飾ったマジカルステッキが眩い光を放ち、鹿兵衛の全身を飴めいた立方体に閉じ込めていた。

「抜け出せないよ。その中なら死にはしないから、奉行所まで我慢しなさい」

 魔法によって生じた風圧が、得意げに告げる旅人から笠と合羽を吹き飛ばしていた。白と黒の華やかなドレス。長めのスカートとタイツで素足は見せない。銀の髪をなびかせた美しい女だった。

「魔法少女、モノクロお銀……!」

 巷で知られるその名を誰かが呟き、彼女が華麗に見栄を切った時、またも光が迸った。長旅を堪える為の変身も限界である。残ったのはそこいらで見かけそうな十ぐらいの娘だ。彼女は居心地悪そうに身を捩った後、番台に背を伸ばして注文した。

「甘粥を」

【おわり】

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