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ある有名作家が有名になる前に、別名義で書いていた良書 『富士子 島の怪談』

この本は、第4回『幽』怪談文学賞で短編部門大賞をとった短編『富士子』を含む短編集。いずれの話も読みやすく、しかし骨子はしっかりしていて読みごたえはある。

各話のストーリーに軽く触れる。

『友造の里帰り』
愛人の朱美と二人で、互いの同郷である小豆島に不倫旅行することにした友蔵。50歳を超えた社長である友蔵は、故郷を切り捨てきたと言っても良い。そんな友蔵が見た故郷の姿とは……。

『富士子』
器量も性格も悪い中年女・富士子。旅行で訪れた沖縄で衝動的に民宿を購入し、夫と手伝いの兼子との三人暮らしが始まった。忙しい毎日を送るうちに、富士子は徐々に毒気を抜かれて性格が良くなっていく。しかし、そんな自分に違和感をおぼえて抗う富士子。この民宿に隠された秘密とは……。

『浜沈丁』
『富士子』の続編。富士子の民宿「浜沈丁」を訪ねてきた金髪男性・フレッドとダニエル。用地買収の交渉に来たのだ。前作とのつながりが面白い作品。

『あまびえ』
魚大好きな政治家が地方に演説会に出かける。その真の目的は、幻の魚を食することだった。幻の魚とは、いったいなにか。

『雪の虹』
取り込み詐欺紛いで資金繰りに失敗し、妻と離婚して夜逃げする主人公。あれやこれやと考えて、どんどん変な方向に転がり落ちてしまう。その情けなさが滑稽であり、もの悲しくもあるストーリー。ラストは少し弱い。

『恋骸』
自殺した元恋人の葬式をするため、生まれ故郷の島に戻る「わたし」。婚約者へ遺した手紙には、元恋人との出会いから別れまでを赤裸々に書ききった。島についたわたしは、思い出の展望台へ行き、断崖絶壁を見下ろす。そして……。ゾッとするラスト。これは、怪談として秀逸。

以上、どれも島を舞台にした話。この本は面白かった。

この本を読んだ当時、別の場所で書いたこのレビューが作者・谷さんの目にとまり、その後ツイッターやメールでやり取りをしていた。東日本大震災後の東北に行って肉体労働をしたり、宿無し生活を送ったりされていた。これだけのものが書けるのに、兼業作家、それも作家業がかなり少なめ。もったいない……。作家世界には運不運もあるのかなという気になる。

谷さんは、「作家になることは簡単。でも、作家でい続けることは難しい」と仰っていた。

そんな谷さんであるが、数年前に別名義で大藪春彦新人賞を受賞された!!

おめでとうございます!!


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