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bookwill「小さな読書会」第3回レポート ゲストキュレーター:田中沙弥果さん(NPO法人Waffle代表)「女子×ITのポップな未来を創りたい」

 新旧のカルチャーが交差する街・蔵前を拠点に生まれたブックアトリエ「bookwill」では、多様な世代の女性たちが安心して参加できる紹介制の対話型読書会を開催していきます。

 2023年5月15日(月)の夜に開催された第3回「bookwill 小さな読書会」のテーマは「女子×IT」。bookwillの管理人・小安美和が、地方のジェンダーギャップ解消に向けての活動をする中で、重要性を感じるテーマの一つです。

「理系女性が少ない」という日本の課題を解決するために、どんなアクションが必要なのか? 1冊の本を中心に、10代から50代までさまざまなバックグラウンドを持つ女性たちが集い、未来志向の対話が重ねられました。
 
 
◆bookwill 小さな読書会◆
10代の中高生、キャリアを重ねたマネジャーやリーダー、研究者など多様で他世代な女性たちが集まる読書会。7〜10人で一つのテーブルを囲み、肩書きや立場を超えてフラットに対話を楽しむ形式です。参加者は事前にゲストキュレーター指定の「テキスト」を読んだ上で参加し、感想をシェア。本をきっかけに対話を重ねていきます。
 
 今回のゲストキュレーターは、IT分野のジェンダーギャップ解消を目指して活動するNPO法人Waffle代表の田中沙弥果さん。1991年生まれの若手ソーシャルアントレプレナーとして注目されています。「年齢や立場に関係なく、この場で呼んでほしいニックネームで呼び合う」というルールに従って、「Ivy(アイヴィー)」という愛称で自己紹介してくれました。ジャーナリストの浜田敬子さん(第1回)、ポーラ社長の及川美紀さん(第2回)からバトンを受け継いでのご登場です。



 
 Waffleは、女子やジェンダーマイノリティの中高生に向けたウェブサイト作成コース「Waffle Camp」、大学生・大学院生を対象にしたプログラミング研修「Waffle College」を無料提供しているほか、国際的なアプリコンテストへの出場支援、企業との連携や政策提言など、多角的に活動を展開しているNPOです。
 bookwill管理人の小安美和とは、地方自治体と連携したジェンダーギャップ解消の取り組みの中でタッグを組んできたというご縁も。2023年は兵庫県豊岡市での「Waffle Camp」開催も決定しています。
 
<第3回「bookwill 小さな読書会」開催概要>
2023年5月15日(月)
ゲストキュレーター:田中沙弥果さん(NPO法人Waffle代表)
テキスト:『わたし×IT=最強説』(NPO法人Waffle著、リトル・モア)
 


 
 今回、田中さんが紹介してくれるテキストは「女子&ジェンダーマイノリティがITで活躍するための手引書」としてWaffleがまとめたわたし×IT=最強説。「IT」のイメージをいい意味で覆す、ポップなイラストの表紙が目を引く本です。
「IT分野のジェンダーギャップ解消というテーマを、明るく伝えかった」と田中さん。本の中でデータと共に紹介されているように、日本の大学では理工系学部における女子学生の割合が少なく、OECD加盟国116カ国中109位(2018年)。「理系は女性よりも男性のほうが得意」というイメージが根強くありますが、実は、高校1年生時点の理数系の学力はアメリカの男子を抜いて日本の女子のほうが高く、世界トップレベルであることが報告されています。
 これらのファクトから、「大学進路を決める手前の、中高生の段階からITジェンダーギャップを解消する働きかけが必要」と考えるに至ったという田中さん。自身が大学時代に留学先のアメリカで見た、IT業界のエネルギッシュで華やかな風景への憧れも原点となっているそう。



 
 本を出版する上で特にこだわったのは、手の届く多様なロールモデルを紹介すること。「中高生にヒアリングをすると、『IT人材って、めっちゃ賢い理系の子じゃないとなれないよね』と思い込んでいる子が多くて。実際には全然そんなことはなくて、スキルさえ磨けばキャリアルートは誰にでも開かれているんです。この誤解を解くために、地方出身者や身近に感じられる経歴のあるIT系キャリアの女性たちに登場してもらいました」
 
 読書会の参加者からも、「IT分野のジェンダーギャップについて日頃感じることがある」という声が次々と挙がりました。
 「小学生向けにプログラミング大会を開催していて、1回目と2回目のグランプリ受賞者は女の子でした。自分の能力や興味に関してピュアに打ち込む子どもたちから気づかされることは多いですね」(通信社の部門リーダー)
 「企業の社会貢献活動の一環として、「ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」※など、女性研究者に対する支援活動を20年近く続けているが、数が一向に増えない。そもそも理系をチョイスしている女性が少ないから」(日本ロレアル ヴァイスプレジデント コーポレートレスポンシビリティ本部長・楠田倫子さん)
   各地でキャリアをテーマにした講演活動を多数行う浜田敬子さんも、「地方ではダイバーシティという概念も十分に浸透していない現状がある。『女の子は理系の仕事を得るよりも、早く結婚したほうがいい』という価値観は根強い」と語りました。

「ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」
ロレアルは「世界は科学を必要とし、科学は女性を必要としている」という理念を掲げ、パリのロレアル財団主導で国際機関のユネスコとのパートナーシップのもと、女性研究者を顕彰する「ロレアル-ユネスコ女性科学者」を1998年に設立しました。これを受け、日本ロレアルでも日本の若手女性科学者の研究活動継続の奨励を目的に、日本ユネスコ国内委員会の後援のもと「ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」を2005年に創設し、博士課程に在籍の女性研究者を表彰、奨学金を授与しています。(日本ロレアルプレスリリースより)

2023年度授賞式のパネルディスカッションにWaffle田中さんも登壇!
2023年8月29日(火)14:00~国際連合大学 ウ・タント国際会議場
申し込み締め切り:8月18日(金)まで

 ☛申し込みはこちら

  また、自身の経験として“理系コンプレックス”を告白したのはポーラ社長の及川美紀さんです。「親族に文系が多く、小さい頃から算数に苦手意識があり、当然のように文系進路を選びました。もしかしたら無意識に、娘にも同じコンプレックスを植え付けていたかもしれない」 これに対し、「私は逆だった」という対極の経験を共有してくれたのは、外資系IT企業社長の女性でした。「両親きょうだい共に理工学部出身で、私も自然と理系に進みました。母は70代を迎えてもまだ数学教師としてイキイキと働いていて、理系スキルはキャリアをタフに長続きさせる価値があると感じています」 一方で、この日の最年少参加者である18歳のサツキさん(この夏よりアメリカの大学に進学予定)が卒業した学校の女子生徒は、過半数が理系を選択したそう。その理由を「個々の能力を伸ばす方針の中高一貫教育の女子校だったから」と説明しました。「私は性別をまったく意識せずに能力を発揮できる環境に恵まれてきました。これまでジェンダーギャップを意識することがほとんどなかったのは、むしろ特別なことだったのだと、皆さんの話を聞いて驚いています」と目を丸くしました。



 
 こうした対話の流れで、女性が本来持つ健全な野心や能力の開発のためには“環境”の力が重要である、という認識が一致。
 その環境をつくる担い手として、「親」や「学校の先生」といった大人たちの働きかけがポイントになるという問題意識へと発展しました。
 
「理系キャリアのイメージを具体的に描けることが大事だと思います。『女の子が理系に進んで何になるんですか?』と疑問視する母親たちに、『例えば化粧品開発の仕事で活躍できますよ』と伝えると、『なるほど。あの仕事も理系なのね』と納得する方も多いんですよ」(日本ロレアル ヴァイスプレジデント コーポレートレスポンシビリティ本部長・楠田倫子さん)

「誰しも、“見たことがある仕事”しかイメージできないんですよね。その意味で、女性プログラマーや女性サイエンティストを魅力的に描く漫画やドラマがもっと増えればいい。実は私もアイヴィーさんの話を聞いてITを勉強したいと思って、講座に申し込んだところなんですよ」(ポーラ社長・及川さん)
 


 親の意識はなかなか変えられないとしても、希望となるのは教育現場からのアプローチ。Waffleでも学校単位でIT教育を提供する流れを加速させるため、文科省への働きかけを強化しているのだと田中さん。推進のポイントは、教育長や校長など教育環境に関わる意思決定を握るリーダー層に女性を増やすことであると言えそうです。
 
 ここで、田中さんから飛び出したのは、「地方で研修を開催しても、なかなか人が集まらない」という“お悩み相談”
「私たちが特に重視しているのは、ジェンダーギャップが深刻な地方の女子中高生やジェンダーマイノリティをエンパワーメントする活動。今年は地方自治体や他団体と組んで全国11カ所の自治体でプログラムを実施する予定です。でも、企業の協賛を得て無料化してチラシをたくさん撒いても、参加者が定員割れすることもあって……」
 すると、同じ課題と向き合い続けてきた先輩たちから次々にアドバイスが。
 「カギになるのは、組み手となる自治体が本気かどうか。そして、アクションのハードルを下げるためにノウハウはできるだけ細かく作り込むのがおすすめ。例えば、チラシを刷るならその配り方も含めてパッケージ化するといい」(bookwill管理人でWill Lab代表の小安美和)
「ITと聞いてピンと来なくても、社会課題解決に興味を持つ女の子は結構いる。例えば、フードロス解消のアプリをつくってみるなど、テーマ設定の工夫がポイントになるのでは」(浜田敬子さん)
「たしかに、『プログラミングのスキル習得』より『動画編集にチャレンジ』と言われるほうがワクワクするわよね!」(及川美紀さん)
 高卒でもITスキルを身につけることで高収入キャリアを獲得できること、IT系の仕事はリモートワークと相性が良く、子育てとの両立もしやすいことなど、将来にわたってのメリットを分かりやすく伝えることも重要だという意見も出ました。
 


 もう一つ、田中さんの活動を広げるポイントになるのが「企業をどう巻き込んでいくか」――つまり、企業協賛の集め方。就職や消費にはすぐに直結しない中高生向けの支援を募るのは簡単ではないという実情を教えてくれました。
 これには「企業が予算をかけたいと思うだけのストーリーづくりが大事」というアドバイスが。及川さんからは「企業の採用戦略にうまく結びつけられたら人事部から予算を取りやすくなる」という経営者視点の助言もあり、田中さんは真剣な表情で聞き入っていました。

 田中さんの「ありたい社会」が凝縮した1冊の本から広がった、未来志向のディスカッション。若い世代の参加者たちは何を感じたのでしょうか。
 前述のサツキさんは、目に輝きを灯して語ってくれました。

「私はこれからダンスと心理学のダブル専攻でアメリカに留学します。芸術を突き詰めたいという信念を貫くことに迷いはありませんが、いざ進学を決めるときに『本当に大丈夫かな』という不安も生まれました。田中さんの本を読んで、“○○×IT”という掛け算を武器にすれば、好きなことでキャリアを切り拓けるという希望が湧きました。将来の選択肢を増やすために、多くの同世代の女性たちに知ってほしいです」
 大手電機メーカーに転職した20代のマリアさんから返ってきたのも、「理系男性の活躍が目立つ職場で途方に暮れていましたが、『今からでもITを学ぶのに遅くはない』と思えました」という力強い言葉でした。


 読書会の締め括りとして田中さんからも一言。
「経験豊富な皆さんから、いろんな意見を聞けて本当に勉強になりました。IT分野のジェンダーギャップを解消するには、まだまだ高い壁があると感じていますが、皆さんと協力していけば、きっと乗り越えられると確信できました
 温かい拍手に包まれて、3回目となるbookwillの読書会はこれでお開き。
 次回も素敵なゲストをお招きして、バトンをつなげていきます。どうぞお楽しみに。
 
 次の記事では、田中沙弥果さんがセレクトした「次世代に伝えたい4冊」を紹介します。
 
 
まとめ/宮本恵理子