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今週のおすすめ本 vol.15

店舗とオンラインストアで取り扱っている本から、おすすめのタイトルを紹介するマガジン「今週のおすすめ本」。

今回取り上げるのは、小沼理(おぬまおさむ)さんのエッセイ『共感と距離感の練習』です。

とても心惹かれるタイトル。そしてそのタイトルのイメージにぴったりな、2人の人物が重なり合っているような装画は、イラストレーターの岡田喜之さんによるものです。


「わかる」なんて簡単に言えない、「わからない」とも言いたくない。


自分の気持ちを誰かに分かってほしい。だけど軽々しく分かった気にもならないでほしい。誰しもそんな思いを抱えたことがあるのではないでしょうか。
人の心は複雑なもの。あなたとわたしはひとつになれない。だけど、他者を理解することをきっぱり諦めて生きていくのはさびしすぎる。
「あなたのことが分かるよ」と共感の気持ちを持つことと、「でも全部分かるわけではないよ、あなたの気持ちはあなただけのものだよ」と線引をして距離を保つこと。にじり寄ったり後退りしたり、ぐるぐると考えをめぐらせ続けながら生きていくしかない。
『共感と距離感の練習』というタイトルには、そういった思いが込められているように感じました。


社会の中でマイノリティであり、マジョリティでもある


著者の小沼理さんは、自身がゲイであることを公表されています。性的マイノリティにあたるわけですが、シスジェンダー(生物学的な性別と自身の性自認が一致している)という側面も持っています。性的指向は別として、社会の中で男性として生きるということは、マジョリティに属することになります。
本書には、その複雑さゆえに抱える、社会生活でのさまざまな思いについて綴られています。

フリーランスのライター、編集者をしている小沼さんは、ある企業の役員に取材をするため、六本木のオフィスビルを訪ねます。小沼さんがゲイであることは、取材内容とは関係がないため明かされることはありません。男性としてその場に居合わせ、自分の仕事をこなしていきます。同席した取材チームのメンバーが上手く場を取り持ってくれたこともあり、トラブルなく取材は終了します。
小沼さんはその場で感じたことをこう綴ります。

自分が「男性的」な組織や空間に溶け込むための振る舞いを身につけていること。同族嫌悪のように、同じような振る舞いをする人たちに苛立つこと。自分はその価値観を内面化しているわけじゃないからと、「染まった」ように見える人を見下してしまう時があること。フリーランスの自分と、組織などに所属している人では状況が異なるのに。「男性的」な空間の中で、私以上に葛藤し、苦しい経験をしている人もいるだろう。

本文より

仕事の場において、常に自分の素を曝け出している人などいません。与えられた役割をこなし、時には自分の気持ちを押し殺すこともある。誰しもそういった場面はあると思いますが、自身が男性としてその場にいながら、男性的に振る舞う行為にストレスを感じる、というのは小沼さんがゲイであり、シスジェンダーであるからこその観点だと思います。
本文ではその後、自分が男性ではなかったら、ゲイではない他の性的マイノリティだったら、と考えを巡らせていきます。


パーソナルなエッセイとしておすすめしたい本


ソウルで行われたクィア(性的マイノリティを広範的に包括する概念)・パレードに参加したときのことや、好きなクィア映画についてなど、本書に収められたエピソードは、小沼さんが性的マイノリティであることと強く結びついたものが多くあります。
本の読み方というのは人それぞれで違って良いと思うのですが、個人的には、この本を通して性的マイノリティの問題を考えるというよりは、小沼理さんという人が、日々どんな思いを抱えて過ごしているのかという点にフォーカスをあてて読んだほうが、面白く読めるのではないかと思いました。一人の読者として著者と向き合うことが、タイトル通り『共感と距離感の練習』になるのではないでしょうか。


その他、小沼理さんの本あります

『共感と距離感の練習』は柏書房から刊行された商業出版の本ですが、当店では小沼さんが手がけたZINE、リトルプレスの取り扱いもしています。
『みんなもっと日記を書いて売ったらいいのに』はタイトル通り、個人が日記を書き、売るという行為をテーマにしたエッセイ。『間違っていない世界のために』は、ソウルでクィア・パレードに参加した滞在記になっています(韓国語も同時収録)。


今回はここまで。

取り上げた本は、店頭、オンラインストアで販売しています。在庫数は限られているため、売り切れの際はご容赦ください。
本の取り置きや、在庫がない本の取り寄せも承りますので、お気軽にお申し付けください。それではまた次回。



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