見出し画像

『英単語学習の科学』語彙学習の科学への誘い

英語学習者にとって、語彙習得は果てしない旅のようなものかもしれません。新しい単語や表現を覚えては忘れ、忘れては覚える。その繰り返しの中で、誰もが一度は「もっと効率的な方法はないのか」と思い悩んだ経験があるのではないでしょうか。

そんな中、中田達也氏の『英単語学習の科学』は、まさに私たちが待ち望んでいた一冊と言えます。第二言語習得研究の最前線に立つ著者が、科学的なアプローチで語彙学習の謎に迫る。本書は、英単語と格闘する全ての人に、新たな視点と希望を与えてくれる画期的な書籍なのです。

研究の現場から紐解く語彙習得のメカニズム

本書の最大の魅力は、著者の専門性の高さにあります。中田氏は第二言語習得を研究するアカデミックの世界で、特に語彙習得のメカニズムを探求してきました。博士論文のテーマも、この分野に関するものだったそうです。

そんな著者だからこそ、私たち読者を語彙習得の最前線へと誘ってくれるのです。実験データや理論を丁寧に解説しながら、一つひとつ丁寧に語彙学習の謎を紐解いていく。その知的な探究の旅に、読者も自然と引き込まれていきます。

例えば、第5章で紹介されている「テスト効果」などは、私にとって大きな発見でした。事前に学習した内容をテストすることで、記憶の定着度が高まるという現象。一見すると直感に反する結果ですが、中田氏は複数の研究を示しながら、説得力のある解説を展開します。

テストが効果的な学習法であるという主張が直感に反するためなのか、テスト効果に関して批判的な意見も(主に教育者の間に)散見されます。テスト効果に関する批判としてよく聞かれるのが、「テストが記憶を強化するといっても、それは表面的な理解にとどまり、深い理解は促されないのではないか」というものです。しかし、これまでの研究では、このような批判を裏づける結果は得られていません。(本書より引用)

読者は受け身の存在ではありません。著者とともに能動的に思考しながら、語彙学習の本質に迫っていく。そのスリリングな体験は、まるで一冊のミステリー小説を読むかのようです。

多彩なトピックが織りなす語彙学習の多様性

もう一つ特筆すべきは、本書が扱うトピックの広がりです。意図的学習と偶発的学習、分散学習と集中学習、語源学習とカタカナ語、多肢選択問題と記述問題…。一冊の本の中に、語彙習得に関わる多様な学習法や要因が網羅されています。

その多彩な内容は、語彙学習の複雑さを浮き彫りにすると同時に、私たち読者の好奇心を絶えず刺激してくれます。例えば、第18章では「新出語の書き取りは学習を阻害するのか?」という衝撃的な問いが投げかけられます。英単語を書いて覚える。誰もが一度は試したことのあるこの方法が、実は逆効果の可能性があるというのです。

米国ワシントン大学のジョー・バークロフト教授が行った研究(Barcroft, 2006)では、アメリカの大学生がスペイン語の単語24語を学習しました。24語のうち、半分は(1)書き写し条件、残りの半分は(2)書き写しなし条件に割り当てられました。(中略)学習の直後と2日後に行われた事後テストで、学習効果が測定されました。事後テストでは、被験者はイラストを見て、それに対応するスペイン語の単語を書くように指示されました。(本書より引用)

「書き写しなし条件」の方が高得点だったという結果。常識を覆すこの事実は、読者の既成概念を大きく揺さぶります。中田氏はこうした実験を数多く紹介することで、私たちを語彙学習の新たな地平へと誘ってくれるのです。

探究者としての著者の姿が織りなす感動

そして何より、本書からは人間・中田達也の魅力が溢れ出ています。研究者としての専門性はもちろん、教育者としての熱意、一人の探究者としての謙虚さ。その全てが文章の端々に滲み出ていて、読む者の心を打つのです。

難解な理論を伝えようとする真摯な姿勢。定説に捉われない柔軟な発想力。失敗を恐れず新しいことに挑戦する勇気。中田氏の生き方そのものが、私たちに語彙学習の本質を教えてくれているようです。

特に印象的なのは、「完璧な学習法は存在しない」という箇所です。

本書を執筆する上で、ひとつ念頭に置いていたことがあります。それは、あらゆる語彙のあらゆる知識を効果的に習得できるような万能薬(panacea)はない、ということです。(中略)単語や学習したい側面によって最適な学習法は異なるため、語彙習得を成功させるためには、特定のテクニックに偏ることなく、様々な学習法・指導法をバランスよく組み合わせることが欠かせません。(本書より引用)

完璧を求めるのではなく、自分なりの答えを探していく。その姿勢こそが、語彙学習の真髄なのかもしれません。著者のひたむきで謙虚な生き方に、読者は感銘を受けずにはいられないでしょう。

おわりに:新たな語彙学習への一歩を

『英単語学習の科学』は、語彙習得の科学的な理解を深めるだけでなく、読者自身の学びを見つめ直すきっかけにもなる稀有な一冊です。中田氏が投げかける様々な問いは、これまでの学習法を振り返るとともに、新しい挑戦への原動力になるはずです。

英語学習者はもちろん、語学教師、言語習得に関心を持つ全ての人に、ぜひ手に取っていただきたい書籍です。きっと、皆さんの語彙学習が新たなステージへと進化していく。そんな予感と期待を抱かせてくれる、稀代の良書だと私は感じています。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?