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レティシア書房店長日誌

小川公代「世界文学をケアで読み解く」
 
 断崖絶壁のはるか彼方に頂上の見える山にロープをかけて、登ったものの見事に落下。再度登るも、またまた落下……というような本ですね、これは。
 近年、文学の読み解きに「ケア」という語が使われています。ケアとは一般的に言えば、病人、高齢者の介護、子育て、家事労働等々、他人の面倒を全般的に見ること、またはその相手の立場に寄り添い思いやることを指す言葉です。
 十八世紀イギリスの医学史の研究という社会学の分野から英文学に転向した著者は、「ケア」を一般の人たちに浸透させてきました。

 「ヴァージニア・ウルフの『三ギニー』も議論も、敵対する国家、個のエゴイズムが引き起こす争いについて示唆に富んでいる。この本には、戦争をしたがる男たちと、平和を追求する女たちが登場するが、これは必ずしも女性たちが本質的に平和的であるということではない。彼女たちの営みのなかに、『他国に対する自国の知的優秀性へのある根深い感情』(「三ギニー・戦争と女性」出淵敬子訳)はない。ウルフが平和への鍵を見出しているのが、女性の『アウトサイダー』性である。身体能力の高い自律的個人間の対決、あるいは覇権を広げようとする国家同士の戦争。当時の女性たちは、そういう闘争から遠ざけられた、ある意味では無力な存在であったが、教育を受け、本を読み、議論をすることは許されていた。ウルフは、彼女たちの訴えを通して自分の声も響かせている。『私は祖国が欲しくはないのです。女性としては、全世界が私の祖国なのです。』地球という惑星こそが”祖国”であると考える全人類的な視座を持つウルフは、戦争や暴力を煽動するために用いられた矮小化された『正義』に真っ向から異を唱えた。」
 長々と引用しましたが、”全人類的な視座を持つウルフ”の視点を捉えた文章に、ふむふむと納得しました。しかし、何度読んでも理解できないところも数多くありました。「ネガティヴ・ケイパビリティ」「多孔的な自己」「緩衝材に覆われた自己」「横臥(おうが)者と直立人(病者と健康者)」こんな言葉が度々登場するのです。
 このような本は未熟な読解力では困難なことは、数十ページでわかってきたのですが、なぜか最後まで目が離せなず、行ったり来たりしながら読了しました。
 哲学者の西田幾太郎の文章など引用されて出てくるので、もう歯が立たないのですが、文学作品だけでなく多くの映画作品が本書には登場します、濱口竜介「ドライブ・マイ・カー」、クリストファー・ノーラン「インターステラー」、ジェーン・キャンピオン「パワー・オブ・ザ・ドッグ」、そしてジョージ・ミラー「マッドマックス 怒りのデスロード」まで出てきます。「マッドマックス」については、第二章「弱者の視点から見る・暴力と共生の物語」の中で「ケアで読み解く」というテーマで大きく取り上げられています。刺激的な内容にどんどんと読み進むことができました。英米文学者の北村紗衣の論文を引き合いに出して、こう結んでいます。
 「マックスは、同じ特権を持つ男性であるが、ジョーたちから攻撃を受けて危篤状態にあるフュリオサに自分の血を与えることで彼女を生き延びさせるという『極めて思いやりに富んだ重要なケアを行う』。ケアと癒しでこの映画を読み解いている北村による『暴力としての流血VS癒しのための輸血という対比』という鋭い指摘もきわめて重要である。」
 自分にとってメチャメチャ難しい本でも、好きな映画のことを引き合いに出して語られる内容には、なんとか食いついていこうという気概はあります。開き直りに聞こえるでしょうが、全部わからなくても、読書はできると思っています。頭の中にどんどん刺激が入ってくるような本です。無責任ですが、お読みください。そして崖から滑り落ちてください。(古書1200円)
 

 

●レティシア書房ギャラリー案内
4/24(水)〜5/5(日)松本紀子写真展
5/8(水)〜5/19(日)ふくら恵展「余計なことかも知れませんが....」
5/22(水)〜6/2(日)「おすよ おすよ」よしだるみ新作絵本出版記念原画展

⭐️入荷ご案内モノ・ホーミー「貝がら千話7」(2100円)
野津恵子「忠吉語録」(1980円)
ジョンとポール「いいなアメリカ」(1430円)
坂巻弓華「寓話集」(2420円)
福島聡「明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか」(3300円)
きくちゆみこ「だめをだいじょうぶにしてゆく日々だよ」(2090円)
北田博充編「本屋のミライとカタチ」(1870円)
友田とん「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3 先人は遅れてくる」(1870円/著者サイン入り!)
川上幸之介「パンクの系譜学」(2860円)
町田康「くるぶし」(2860円円)
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)
「うみかじ7号」(フリーマガジン)
早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
益田ミリ「今日の人生3」(1760円)
島田潤一郎「長い読書」(2530円
つげ義春「つげ義春が語る旅と隠遁」(2530円)
山本英子「キミは文学を知らない」(2200円)

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