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レティシア書房店長日誌

河﨑秋子「土に贖う」
  
 
河﨑秋子は、北海道別海町出身で、一時は酪農に従事しながら作品を発表してきました。以前「飄風の王」という野生の馬をめぐる小説を紹介しました。

 今回ご紹介するのは第39回新田次郎文学賞を受賞した短編集「土に贖う」(古書950円)です。札幌、根室、北見、江別等北海道の各地を舞台に、過酷な自然と貧しい家庭環境の中で、彷徨い、崩れ落ちる男たちを描いた作品が並んでいます。極めてパワフルで、徹底的にリアルな描写であることが特徴です。「極貧の生活」「下層労働者の労働現場」を描写したら、この作家は凄いと思っていました。
 例えば、こんな感じです。「ここで働く男達の爪はあちこち黒い。大抵はレンガで指を挟んだ部分だ。最初のうちは常に悪態を吐きたくなるほどずきずき痛むが、そのうち麻痺することを吉正は知っている。下から新しい爪が生えてくる頃には、あっさり腐って剥がれていくのだ。その新しい爪も、またしょっちゅう挟まれては腐る。その繰り返しだ。」これは、レンガ工場で働く吉正の苦悩を描いた「土に贖う」の冒頭です。
 「レンガ工場のことを人々はレンガ場と呼ぶ。昭和二十六年、札幌近郊の江別町西部、野幌地区にある太田煉瓦工場は需要に沸き、多くの人々が働いていた。」
 吉正はその工場で労働者を管理し、効率よく働かせる立場の人間でした。景気はよく、注文はいくらでも入ってくるのに、給料は上がらず、それどころか休みも減らされる最悪の労働環境の中で、吉正は一人の労働者の死を境に、深い闇に取り込まれていきます。辛い物語なのですが、圧倒的な執筆力で、読者を離しません。
 「男も女も、皆、きれいに角の立ったレンガを作り続けながら、自分の心身を削っている。」貧しさから抜け出すために、少しの儲け話にも食らいつき、すべてを失ってゆく男達。救いがないのですが、最後まで目が離せないというのも、また小説の魅力なのです。

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