レティシア書房店長日誌
伏木傭兵「台形日誌」
「台形日誌」(新刊/2420円)の著者伏木傭兵は、東京国立市に創作料理をフルコースで提供する「台形」を妻の揺子さんと営んでいます。本書は食を中心にして、二人の暮らしを見つめた素敵なエッセイです。
「オニオングラタンスープには、特別な工夫やひねりは必要ないと思う。丁寧に時間をかけてその時間を楽しみな作ること。誰かと一緒にハフハフ息吐きながら食べる光景を想像すること。なんだか、それがいちばんの調味料な気がするのだ。」
いいですね、こういう文章。レストランオーナーの本は、どうも堅苦しいものや、過剰なまでにオシャレになりがちですが、ほどよい和み感があって、どこから読んでも、スルスルと心に染み込んできます。
著者は刺繍が趣味で、「刺繍は反復作業に手が追われているぶん、体が一定のリズムを刻むようになり、色々な空想が平時より自由に巡りやすいのだと思う。考えごとの質というものが、少しだけ違う位相へと飛びやすいのだ、きっと。」と、その楽しさを語っています。
「サウダーデ ー 郷愁、旅愁、人生の悲哀。ポルトガルの民族歌謡ファドでは、遠く離れた愛や時間に向けてその独特の哀惜の情を、まるで石畳を濡らす雨のように艶やかに、情緒的に歌い上げる。」と、音楽エッセイのように始まり、「この富山のおばちゃんが作った鱈汁にもサウダージのメロディが流れている、そんな気がしたのだ。」と、書く。これ、黒部に向かう途中で立ち寄った食堂で食べた鱈汁に感動した時の気持ちです。ちょっと食べたくなりますね、この鱈汁。
「たとえ店を開いていなくても心の根っこが店に繋がっていればその時間は仕事をしているのではないかと思ったり、さらに言うなら僕らの生活においてはその根っこが店とつながっていないことなど何一つ存在しないのだから、そう考えるならば『生きる』はそのまま仕事であって、先ほど言ったように僕らはいつだって1日も休むことなく仕事をし続けている、と言えるのではないかと思ったりする。」
同じ小売業を営なむ者として、わかるような気がします。隅々まで、著者の生き方が浮かび上がってくる本でした。
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