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レティシア書房店長日誌

ファン・ボルム「ようこそ、ヒュナム洞書店へ」
 
 2024年の本屋大賞翻訳小説部門で1位になった長編小説。長編ならではの面白さに満ちた素敵な物語でした。(古書2000円)
 著者のファン・ボルムは、大学でコンピューター工学を専攻して、大手電機機器メーカーでソフトウェア開発に携わっていました。本を読む事、そして書く事が好きで、仕事の傍ら日々書き続けていたということです。本書は、2021年に先ず電子書籍として出て、好評につき翌年紙の書籍でも刊行されました。
 

 舞台は、ソウルの架空の町「ヒュナム洞」の静かな住宅街にオープンした「ヒュナム洞書店」です。30代の女性店主ヨンジュ、店でコーヒーを入れるバリスタ青年のミュンジュン、そして書店に集まってくる個性あふれる常連客。10代の高校生から50代の自営業の女性まで、様々な境遇の人たちが登場する群像小説で、40のエピソードで構成されています。中心にいるのはヨンジュなのですが、それぞれのエピソードで登場人物たちが主人公になっていて、キャラクターを楽しみながら、素敵なラストシーンへと向かっていきます。350ページの大作ですが途中でダレることなく、なんだか私もヒュナム洞書店の常連になったような気分でページを閉じました。
 ヨンジュや登場する人たちの会話がとにかく楽しい。例えば、コーヒー豆の焙煎業ジミとの会話です。
「『自分自身のことを愛せて他人にも迷惑をかけない人が、この世のどこかにはいるんじゃないかな』ヨンジュは親指の先ほどの四角いチーズの包装紙をむきながら言った。
『あんたが好きな小説にはそんな人がいるわけ?もしかして翼が生えていなかった?』ジミはピシャリとそう言うと、また寝転がって天井を眺めた。
『あんたこの前いってたじゃない。小説の主人公はみんなちょっといびつな人間で、それはつまり普通の人間ってことなんだって。誰しもいびつだから、お互いにぶつかったら傷つけ合うことになるんだって。ってことは、あんたも普通の人間ってことじゃない。』ジミは独白するように言葉を継いだ。『みんなそうよ。みんな迷惑をかけながら生きるの。たまにはいいこともしてさ。』」
 最終章のタイトルは「何が書店を存続させるのか」で、ヨンジュはこんな風に考えていきます。
 「書店を運営しながらヨンジュは、ベストセラーをどう扱うべきかに、いつも頭を悩ませていた。ベストセラーになった本を目にすると気持ちがモヤモヤした。その本自体の問題ではない。一度べストセラーになったらずっとベストセラーであり続ける現象が問題だった。いつしか彼女は『ベストセラーという存在が、多様性の消えた出版文化を物語っている』との思いを強めていった。」
 私も同じことを考えていました。ヒュナム洞書店にぜひ行ってみたい。そして、ヨンジュと本屋の未来を語り、ミュンジュンの美味しいコーヒーを飲んでみたくなりました。

●レティシア書房ギャラリー案内
8/21(水)〜9/1(日) 「わたしの好きな色」やまなかさおり絵本展
9/4(水)〜9/15(日) 中村ちとせ 銅版画展
9/18(水)〜9/29(日) 飯沢耕太郎「トリロジー冬/夏/春」刊行記念展
10/7(水)〜10/13(日) 槙倫子版画展

⭐️入荷ご案内
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本2」(660円)
些末事研究vol.9-結婚とは何だろうか」(700円)
夕暮宇宙船「小さき者たちへ」(1100円)
「超個人的時間紀行」(1650円)
柏原萌&村田菜穂「存在している 書肆室編」(1430円)
稲垣えみ子&大原扁理「シン・ファイヤー」(2200円)
くぼやまさとる「ジマンネの木」(1980円)
おしどり浴場組合「銭湯生活no.3」(1100円)
岡真理・小山哲・藤原辰史「パレスチナのこと」(1980円)
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
向坂くじら「犬ではないと言われた犬」(1760円)
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
坂口恭平「その日暮らし」(ステッカー付き/ 1760円)
「てくり33号ー奏の街にて」(770円)
「アルテリ18号」(1320円)
「オフショア4号」(1980円)
「うみかじ9号」(フリーペーパー)


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