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レティシア書房店長日誌

工藤志昇「利尻島から流れ流れて本屋になった」(新刊/1870円)

 「この本をいわゆる『書店員本』として読んでいただくのは、多分間違いだ。世の書店員はおろか、利尻島観光を考えている方にとっても、別段役に立つものではない。『島からたまたま書店に流れ着いた人間が、漂流している最中にひっついてしまったらしい海藻や小エビについて語った雑文集』のようなものである」
 と、「はじめに」に書かれています。その通り書店員のノウハウ本ではありません。利尻島で生まれ、札幌の高校から金沢大学文学部へ進学し、研究者の道を進むが挫折。札幌へ戻り、三省堂書店で働いて現在に至る著者の、故郷への、家族への思いを綴ったエッセイ集です。利尻島観光の役には立たないかもしれませんが、島生まれならではの記述があって面白く読みました。

 「最果てにて」という章で、稚内のクラーク書店閉店について書かれています。著者にとって、実家に帰る時の中継地点が稚内です。ここから、幼い時の稚内での家族との思い出話が綴られます。地方都市の駅前商店街の人気のなさに寂しさを感じながら、一度だけ訪れたクラーク書店の閉店についてこう語ります。
 「いつでも行けると思っていても、当たり前だが月日が経てば街は変容する。 それでも、心の中にほんのり灯る、忘れがたい景色がある。たった一度きりの訪店は、旅の記録が多く残る最果ての地において、思い出にするにはあっけなさすぎた。無念としか言いようがないが、かつて故郷と同じようにこの街に育てられ、今は同じ世界で働く者の一人として、長い間の労をねぎらいたい。」
 笑ってはいけないのだが、両親の離婚話を切り出された時の会話。高校1年の時、昼休みにケータイに着信が入ります。「『なによ、いま学校だから』『母さんたち、離婚することにしたから』『……..はっ? いやいや、ちょっと待てって』『もう離婚届出しちゃった』『はぁ!?』『おい、貸せ!』後ろの方で父の声が聞こえ、電話の主が変わる。『志昇』「なに?』『がんばれよ』『うん』『したらな』通話はそれで終わった。」
 故郷への様々な思いが、過剰にならずにつまっています。厳しい自然環境の島で育まれた大らかさなのか、著者の文章を読んでいると、なんだか気持ちよくなってきます。北海道の風土や気候が特に描かれているわけではないのですが、北の国を旅している気分になってきます。
 でも、最後に書店員らしい文章で締めくくられています。
「ネット書店とリアル書店との大きな違いの一つは、人である書店員がお客様と向き合って本を売っているか、そうでないかだろう。多くの小売業が痛感しているはずだが、向き合うべきお客様が減り、売上が落ち込めば、モチベーションは次第に下がっていく。無観客のスポーツ大会に似ているかもしれない。そしていずれその状況が当たり前なんだと思うようになる。仕方ないんだと思うようになる。モチベーションが下がればアイデアは枯渇する。店は魅力を失い、お客様はさらに離れていく。 書くまでもないことだが、私たちは一人としてそんなことを望んでいない。望んでいないのだとすれば、自分で作ってしまえば良いのである。たとえ文豪じゃなくても、人にしか生み出せない『新しい読書の入口』を。」
 自分を育てた島の風景、その時に流した涙や笑いを、センチメンタルに走ることなく描いた好エッセイだと思いました。


レティシア書房ギャラリー案内
3/13(水)〜3/24(日)北岡広子銅版画展
3/27(水)~4/7(日)tataguti作品展「手描友禅と微生物」
4/10(水)〜4/21(日)下森きよみ 絵ことば 「やまもみどりか」展

⭐️入荷ご案内モノ・ホーミー「貝がら千話7」(2100円)
平川克美「ひとが詩人になるとき」(2090円)
石川美子「山と言葉のあいだ」(2860円)
文雲てん「Lamplight poem」(1800円)
「雑居雑感vol1~3」(各1000円)
「NEKKO issue3働く」(1200円)
ジョンとポール「いいなアメリカ」(1430円)
坂巻弓華「寓話集」(2420円)
「コトノネvol49/職場はもっと自由になれる」(1100円)
「410視点の見本帳」創刊号(2500円)
_RITA MAGAZINE「テクノロジーに利他はあるのか?」(2640円)
福島聡「明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか」(3300円)
飯沢耕太郎「トリロジー」(2420円)
北田博充編「本屋のミライとカタチ」(1870円)
友田とん「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3 先人は遅れてくる」(1870円/著者サイン入り!)
中野徹「この座右の銘が効きまっせ」(1760円)
青山ゆみこ「元気じゃないけど、悪くない」(2090円)

💫 長崎と佐賀を紹介するフリーペーパー「S とN 」が復刊されました!新作には長崎、佐賀の両知事と、雑誌のアートディレクターの「ほろ酔い座談会」冊子が付いています。(数に限りあり。お早めにどうぞ)


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