その苦しみは生きるかぎり続くのか?
崩れ落ちた小さな孤児院を月光だけが照らしている。
癖毛の修道士リーンハルトは、その命を終えようとしている盗賊の男を膝にのせ、光を避けるように座り込んでいた。
「ごめんな、リーン。俺たちは、先に……いくよ」
癒しようもない傷を全身に負った盗賊は、力なく微笑んだ。
彼らの傍らには、冒険を共にしてきた家族の死体があった。鎧も盾もくだかれた重装戦士の兄。剣が折れてもなお戦おうとした魔法剣士の妹。血の繋がらない家族の血が、流れて、夜に混じる。
盗賊は修道士の手にふれた。修道士は握り返した。
「でも、お願いだ。どんなに苦しくても、お前は神を信じることを、やめるな。俺たちは、お前をずっと、信じ、て……」
それが最期の言葉だった。
背後からはまだ増援の気配がする。リーンハルトはいつも一緒だった弟の目を閉じ、そっと床に横たえて、立ち上がった。
「手こずらせたな。残りは貴様ひとりだ。バラウル帝国に逆らう叛徒どもめ」
落ちくぼんだ目の騎士が言った。後ろには十数人の兵をひきいている。彼らの装備は整ってはいるが、しかし正規兵のそれではなかった。当然だ。バラウル帝国は千年も前に滅んだ。
リーンハルトはおもむろに振り返り、木板を軋ませながら歩を進めた。既に始末した自称帝兵どものあいだを彼が歩くと、虚空から黒い羽根が舞い降りた。
「叛徒はお前たちの方ですよ。神に逆らう愚か者たちよ」
「神だと?」騎士は鼻で笑った。「我らは貴様らの神よりも古くから在ったのだ。我らに神などいない」
「いるではありませんか。お前の目の前に」
「何?」
「俺が神です」
修道士は不遜に笑った。
舞い降りる羽根を指ではさみ、ヒュパッ、と空を裂く。すると槍も届かぬ間合いにいた騎士の首も裂けて、血が噴き出た。
「かは、かッ」
首をおさえ、よろめく騎士にもう一閃。今度はその手ごと首を両断した。兵たちがどよめいた。
黒い羽根を嵐のように舞わせながら、神を名乗る修道士は突きすすむ。
【続く】
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