幕間 3 リディアの街にて
昼時の雑踏の中、トビーはくしゃくしゃに顔をしかめて立ち尽くしていた。通り過ぎていく人々の訝し気な視線は、彼と同じものに向けられている。
「あの……もういいよ、レイチェルさん。大したものじゃないからさ」
「待ってください、トビーさん。この近くだと思うんです。さっきより近付いているのは確かなんですから」
地べたに四つん這いになったレイチェルはそう言って、くんくんと鼻を鳴らした。トビーは引き攣りそうな頬を辛うじて抑える。
買い物帰りにハンカチを落としたことを何気なく話したら、「探しましょう! 私、探し物は得意ですよ。鼻が利きますから」と彼女が言ったのだ。まさか文字通りの意味だとは思わなかった。
「いや、ほんとにいいってば。ハンカチなんかでレイチェルさんにここまでしてもらっちゃ、悪いよ」
「私のことはお気になさらず」
「めちゃくちゃ気になるから言ってる」
「お母様がくれたハンカチなのでしょう? なら諦めてはいけませんよ。……むむっ」
彼女はぴんと尻尾を立て……るような反応の後、家屋の間にある狭い路地へ入っていった。
トビーと何人かの野次馬が覗き込むように見守っていると、威嚇するような猫の鳴き声が聞こえてきた。続いてドタバタと暴れる音。レイチェルの悲鳴。
「レイチェルさん、大丈夫!?」
トビーの声に、「だ、大丈夫でうきゃあーっ!?」と返ってくる。複数の猫に囲まれているようだった。自分も行かなきゃ、とトビーが決断した時、物音は止んだ。
しばらくして、レイチェルは戻ってきた。
「ほら、見つけました」
彼女はひっかき傷を刻んだ笑顔を浮かべ、猫の足跡だらけになったしわくちゃのハンカチをその手で広げた。
トビーは息を吐き、野次馬たちは拍手した。
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