幕間 6 とある町の酒場にて
「あー……ひもじい」
「ひもじいねー……」
水の入ったグラスしか置かれていないテーブルで、ケネトとエメリは揃って顔を突っ伏していた。
帰省から一ヶ月。見聞を広めるため、リディア以南を旅している最中である。未踏の地への冒険は馬尻をたたくように彼らの好奇心を刺激したが、その刺激が強すぎて手綱を握りそこねた。まさか最初の町でスリに遭うほど油断してしまうとは。
「せめて仕事があればな……、荷物運びでも何でも……」
「キレイなもんだったね、掲示板……」
二人は頬をテーブルにくっつけたまま、ぶつぶつと会話を交わす。ひとくさり喧嘩を終えた後ということもあって、活力は限界に近かった。故郷を発ったのが遠い昔のようだ。
「仕方がないな……。母ちゃんたちから貰った保存食があるうちに、いったんリディアに戻ろう。都会なら何かしら仕事があるだろ。大市の時期だから、親切なキャラバンが乗せてってくれるかもしれないし」
「情けないよねぇ、こんなすぐ出戻るなんて。ハァー……」エメリはため息を吐き、目だけをケネトの方へ動かした。見えなかったが。「仕事がすぐ見つからなかったら、宿はどうする?」
「《緋色の牝鹿亭》に世話になろう。それでダメなら馬小屋か野宿だ」
「あそこか……レイチェルさん、常宿にしてるって言ってたよね。いるかなぁ」
「いたらいいな」
「だねー」
二人は同時にため息を吐いた。あの変わった修道女のことを思い出していたら、少しだけ力が湧いた気がした。
「もし、そこの君たち!」
「「え?」」
唐突に声をかけられ、二人は顔を上げた。
はきはきとした笑顔に自信を漲らせる金髪の青年が立っていた。青年は鉄製の防具で身を整えており、おそらく同業者だろう。少なくとも自分たちより儲かっている様子だ。
「突然に失礼する! 私の名はフィリップ・ル・リッシュ! メイウッド商会の私設傭兵団、《ユニコーン騎士団》の末席に属する者だ!」
「《ユニコーン騎士団》?」
「メイウッド商会の薬とか武具だったら、よく買うよ」エメリが言った。「あたしの今の弓もそうだし」
「そうか! 回りまわって私の給料となるからな! ありがたいことだ!」
フィリップの声はいちいち大きく、陽気に満ちあふれていた。ケネトたちは思わず目を細めた。フィリップは一顧だにしない様子で続けた。
「実は今、この近くにあるというゴブリンどもの根城を掃滅する任を受け、仲間たちとともに向かっているところなのだ! まあ戦力に不足はないのだが、我々は志を同じくする優秀な同志をつねに求めている! 君たち、金に困っているというなら、我々と同行してみないか? 報酬は弾むぞ!」
ケネトとエメリは顔を見合わせた。
直後、大きく腹の音が鳴った。エメリは赤面して腹を抑えた。
「ちょっと、やだ! 恥ずかしい……」
「何だ君か! 私の音かと思ってしまったぞ」フィリップはそう言って笑った。「体が活力を求めている証拠だな! うむ、丁度良い。詳しい説明がてら、一緒に食事をしても構わないかな? 私が奢ろう!」
「え、いいのか?」口の代わりに返事しそうな腹を抑え、ケネトは言った。
「もちろんだ! 念のため言っておくが、誘いを断らせないためとかじゃないぞ? 単に趣味なんだ!」
「奢ることが?」
「そう! 騎士団のみんなにたかられている! だから君たちも遠慮することはない!」
フィリップは返事も聞かずに椅子にすわり、きびきびと店員を呼びつけた。
騙そうとししているわけではなさそうだな、とケネトは判断し、安堵の息を吐いた。それから注文を考える前に、口からよだれを垂らしていることをどうやってエメリに指摘してやろうか、と考えた。
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