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幕間 9 ラルパ湿地にて
「十、十一、十二……十三。のこり七つか」
「うンにゃ、八つだ。その右端のやつは病気持ちだ。食材にはできね」
「クソったれ。こんな汚い場所に棲んでっからだ」
サイラスは舌打ちをひとつこぼし、ぬらぬらと緑色にてかる細長い脚を氷霊銀の槍ですくい上げ、沼地に放り捨てた。畔には巨大蛙の魔物……ラルパフロッグの死体が積み重なり、異臭を放っている。
本格的な夏を目前にひかえた空は青々として、陽射しが強い。ラルパ湿地の空気はそれなりに涼しいが、服の隙間に入り込んでじんわりと肌に纏わりつくのには辟易する。おまけに大繁殖した蚊や蠅が寄ってくるわ、気が付くと足元に蛇が這ってくるわで、気を休める時間もなかった。
「ったくよー。何が悲しくてこの蒸し暑い日に蛙の脚切りなんてしなきゃなんねーんだ。本当に食えんのか、これ?」
「食える、食える。揚げるといい肴になンぞ」
「げ。おまえ食ったことあんのか、ヨーナス?」
「王都にいた頃、教授に連れてってもらった店でな。歯応えがあってうンめかったなァ、ありゃ」
霊薬草を詰めたパイプを喫いながら、術士ヨーナスは石に腰掛けて昔を懐かしんでいる。顔も口調も野暮ったい男だが、プラウドスターの王立学院出の学士であり、上流社会の経験はそれなりに積んでいる。貧乏貴族の三男坊に過ぎないサイラスよりよっぽど詳しかった。
背の高い草むらが揺れ、拳闘士デルフィナが姿を見せた。彼女は引きずっていた巨大蛙をサイラスの足元に放った。
「ほれ。仕事だよ、サイラス」
「なんだよ、捌くくらいやってくれよ」
「こんな七面倒くさいことしてんのも、あんたが独断でそのお高い槍を買っちまったせいだろが。きりきり働きな」
サイラスはまた舌打ちしかかったが、デルフィナが本気で憮然としているようだったので、なんとか抑えた。好戦的な彼女であっても、巨大蛙を素手で殴るのはいささか堪えるらしい。
氷霊銀の槍はサイラスの手に実によく馴染んだ。いつかこれで竜を狩り、ドラゴンスレイヤーの名を冠して子々孫々に伝えていくことになるだろうと夢想するほどだ。ひと月分の稼ぎを注ぎ込んで十分な「釣り」がくると当初は感じていたが、霊銀の力を維持するための修理代が嵩むにつれて、「釣り」の値はだんだんと目減りしている。
おかげでここ数ヶ月、財布が軽い。ギルドに出向いては稼ぎのいい仕事を探す毎日だ。今回の仕事は高級料理に使う魔物の素材を二十人ぶん狩ってきてくれとのことで、報酬は弾んでいるがどうにも胡散臭い。なんの宴会に使うのやら。
「あーあ、早く名を売りてえな。そしたらいい仕事の方から寄ってきてくれんのに……」
愚痴りながら、短剣でラルパフロッグを解体する。背中の皮はなめせば防具の素材になる。小銭だが稼ぎは稼ぎだ。
風がそよいだ。彼は汗の浮かぶ額にそれを浴びせるため、顔を上げた。
そして彼は見た。揺れる草むらの近く。遊色の霊珠がふよふよと彷徨っている。
サイラスはすべてを忘れ、一直線に背筋を伸ばし、叫んだ。
「おい、旅人の魂がいるぞ!!」
「あんだって!?」
齧っていた干し肉をたたき捨て、デルフィナが振り向いた。ヨーナスまでもが機敏に立ち上がった。
旅人の魂。その名の通り、大地に染み込んだ旅人たちの霊素が結晶化した、一種の精霊である。これといった意思を持たずただ浮かんでいるだけだが、砕けた瞬間、霧散した魂は周囲にいる者たちへ同化しようとする。魂とは記憶の源。これを吸収することは、先人の知識や経験を瞬時に得られるのと同義であり、莫大な成長をもたらすのだ。
サイラスは槍を構え、息を止めて疾駆した。瞬間的に出せる最大速度で迫る。
「ゲコーッ!」「ゲロゲローッ!」
そこへ草むらから二匹のラルパフロッグ! 仲間を惨殺された怒りを目に跳びかかってくる!
「うるせェーッ! どけェーッ!!」
「ゲコーッ!?」「ゲロゲローッ!?」
サイラスは槍の穂先と石突で一度ずつ殴り、邪魔者を払いのける! そして目にも止まらぬ三連突き!
しかし旅人の魂はそれまでからは想像できぬ素早さで鋭角に動き、攻撃を躱す! 槍は一発をかすめただけだ! 砕くのに四発は必要!
「逃げちまうぞ! 左まわれ!」
「まっかせなァ!」
デルフィナが両拳を構えて突進! 旅人の魂は光のようにジグザグに動き、彼女のラッシュを回避! 焦ると黙る質のヨーナスは鑿状の武器を逆手に構え、じりじりと回り込む!
「んああもう、ちょこまかと!」
「慌てんな! 一発ずつ確実に……」
「ゲコゲコーッ!」
「だあァァーッ! うるっせええェェェーッ!!」
「あっ! あいつ沼の方に!」
「アアーッ! アアァァァーッ!!」
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