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屍人をさらいに花が咲く


 ぼくは生きてるのに、どうして冥府にいるのかって?
 そんなの決まってる。

「母さんに会いにきた。君がさらったんだろ」

 屍人さらいは、黒いヴェールの奥で言葉をのんだ。
 おとなが着るような喪服の少女。ぼくより小さなその体が、かすかに震えた。錫杖が銀色にないた。

「……だめよ。諦めて。あなたのお母さんは」
「首を吊って死んだ」ぼくはいった。「知ってるよ。ぼくひとりで木から降ろしたんだ。棺桶にも入れた」
「そう。死んだの。だからもう、そっちの世界には戻れないんだよ」

 屍人さらいは撥ねつけるようにいう。そのくせ蝶が羽ばたくみたいなか細い声。ぼくは笑いそうになった。

「罪を犯して死んだ人は、冥府の国にさらわれる。そして心を抱えたまま永劫に暮らすの。それがあなたの村のずっと昔からの掟。守らなくちゃいけないわ」
「罪か。それ、どれのこと?」

 思い当たる節はたくさんあった。首を吊ったこと。変な薬に手を出したこと。ぼくの目を見て「死んじゃえばいいのよ」といったこと。でもこれは、どっちにいったのか分からない。
 屍人さらいは黙った。
 ぼくは睨みながらいった。

「掟を破る気はないよ。あの人とやりなおそうだなんて思ってない。ぼくはただ、あの人にいってやりたいことがあるだけだ」
「……そのためだけに?」

 ヴェール越しに、視線がぼくの左目をみた。
 そこには藍色の花がみえているはずだ。眼球をくり抜いて挿した花。冥府の世界を映すために払った代償。
 別になんてことなかったよ。
 
 ふいに、背骨がうずいた。
 ぼくは周りをみた。
 あたり一面にうねる首吊り縄の蔓。そこに連なる紅い蕾が、おもむろに花開いた。あちこちで、音もなく。
 なかには眼球が入っていて、
 ぼくたちを、みた。

「父様にみられた」

 屍人さらいはそういって、ぼくの手をつかんだ。
 駆け出した。錫杖が弾んだ。

 ぼくはされるがままに引っ張られた。
 手袋越しにも分かるほど冷たい手。なのにこの子は息をしている。

「話すだけだよ」



【続く】

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