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幕間 1 緋色の牝鹿亭にて
時刻は夕方。すべての部屋の掃除を終え、トビーは手持ち無沙汰であった。
レイチェルが仕事に出てから数日、《緋色の牝鹿亭》は客のいない日々が続いている。毎日部屋の準備は整えているが、今日も徒労に終わるだろうか。ちょうどそう思っていたところに、錆びた蝶番の金切り声が階下から響いてきた。
急ぎ階段を下り、ロビーに入る。ふらふらとした足取りのレイチェルがそこにいた。
「おかえり、レイチェルさん!」トビーは自分の大声に驚いた。今日は父以外と誰も話していなかったから加減が分からなかったのだ。そう思った。
「トビーさぁん……」
俯き気味だったレイチェルが顔を上げる。その目は潤んでいた。トビーは訝しんだ。
「どしたの、レイチェルさん?」
「ううぅ……トビーさあん! 私、我慢しましたよぉ!」
「うわっ!? ちょっと、離れてよ!」
「うぁ~ん、我慢しました、我慢できたんですぅ。すっごくお酒飲みたかったけどぉ! 呑まれるんなら酒呑むなって、トビーさん仰ってたからぁ!」
「あ、そう。そりゃ偉いね。あの、レイチェルさん、すごく近い……」
「宿賃も払わなくちゃいけないですしぃ! 二回も約束を破ったらいけないと思ってぇ! あ、これ宿賃ですぅ」
「う、うん、ありがとう。じゃあ、ちょっとチェックを……」
「うああぁぁ~。トビーさぁぁん」
「いやだから離れむぐぐぐ」
「我慢できましたぁ~」
「もがむぐ」
「飲みたかったぁ~」
「んぐぐ、むぐ」
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