沈黙の代償、歴史の影と現代の苦悩:平和への道を探して
序論
現代のイスラエルとパレスチナの混乱は、シオニストロビー(註釈1)の影響を受けた各国の政策と、新自由主義経済の崩壊、そしてプロテスタンティズムの倫理観が複雑に絡み合った結果ではないだろうか。この三者の関係性を理解することは、現在の中東情勢を深く洞察する上で不可欠である。
マックス・ヴェーバーが指摘したように、プロテスタントの労働倫理は資本主義の発展に寄与し、「世俗内禁欲」という概念が経済的成功を神の祝福の証と見なす風潮を生み出した。これにより、利益追求が正当化される一方で、道徳的な責任が軽視される傾向が生じた。この倫理観は、後に新自由主義経済の個人主義的成功観と親和性を持つようになり、現代の経済システムの基盤となっている。
同時に、プロテスタンティズム、特にアメリカの福音派の一部は、終末論的解釈からイスラエルの国家形成を強く支持している。この宗教的支持が、政治的にはシオニストロビーの活動を後押しする形となっている。シオニストロビーは、特にアメリカにおいて強力な政治的影響力を持ち、イスラエルに対する一貫した強力な支持を獲得している。
さらに、シオニストロビーは新自由主義経済の理念を巧みに利用している。「自由市場」と「小さな政府」の概念を用いて、イスラエルへの経済的・軍事的支援を促進し、同時にパレスチナ地域への経済制裁を正当化している。例えば、イスラエルのハイテク産業への投資促進は、新自由主義的な経済政策の成功例として喧伝されている。
これら三者−プロテスタンティズム、新自由主義経済、シオニストロビー−は互いに強化し合う関係にある。プロテスタンティズムの倫理観が新自由主義的な成功の概念を支え、それがシオニストロビーの経済的・政治的影響力を正当化し、さらにその影響力が宗教的支持を強化するという循環が生まれている。
具体例として、アメリカのキリスト教シオニスト団体CUFIは、イスラエルへの無条件の支持を訴えると同時に、新自由主義的な経済政策も支持している。この姿勢は、宗教的信念、政治的ロビー活動、経済イデオロギーが複雑に絡み合った結果と言えるだろう。
しかし、この構造がパレスチナに与える影響は深刻である。新自由主義経済の枠組みの中で、イスラエルによるパレスチナに対する経済的制裁や圧力が強化されている。これにより、パレスチナの経済は縮小し、インフラや公共サービスが破壊され、住民の生活が困窮している。
新自由主義経済とシオニストロビーに追従する福音派のパラドックス
現代の世界では、新自由主義経済とシオニストロビー、そしてそれに追従する福音派の関係は、複雑でありながらも見過ごされがちなパラドックスを含んでいる。新自由主義経済は、自由市場と少ない政府干渉を特徴とし、資本のグローバル化と国家間の経済的格差を助長する。イスラエルにおけるシオニストロビーは、特にアメリカの福音派との連携を強化し、この経済システムを支える重要な役割を果たしてきた。
例えば、アメリカの福音派の一部は、聖書の予言を根拠にイスラエル国家の支持を強調しているが、これは同時にパレスチナの人々に対する経済的制裁や抑圧をも支持する結果となっている。この支持構造は、新自由主義経済の中でイスラエルが優位に立ち、パレスチナの経済的な孤立を強化する要因ともなっている。
このパラドックスは、福音派が宗教的な理由からイスラエルを支持しつつも、同時に福音派の理念に反するように見える新自由主義的な経済政策を支持している点にある。新自由主義は、個々の自由と市場の力を強調するが、それが生み出す経済的不平等や社会的排除は、福音派の宗教的倫理観と対立する可能性がある。このような対立が存在するにもかかわらず、福音派の支持基盤はこの矛盾を無視し続けているのだ。
また、シオニストロビーの影響力は、イスラエルの政策が国際社会で批判を受けた際にも、その影響力を弱めないことが示されている。イスラエルによるパレスチナの経済的抑圧やガザ地区への封鎖などは、新自由主義経済の枠組みの中で行われ、福音派の支持によって正当化されることが多いのだ。
このパラドックスは、現代の世界における宗教と経済の関係を考察する上で、重要なテーマであると言える。福音派の宗教的信念が、新自由主義的な政策を支持し、結果としてパレスチナの人々に対する抑圧を助長しているという現実は、さらなる議論と研究を必要としている。
古代の神々が不在だった時代の混沌と同様、現在の世界も混乱している。例えば、ユネスコに登録されたウエストバンクのキリスト教の村で、最後の教会が破壊されるという心痛む出来事が起こった。
これを見たシオニストロビーを支持する一部の福音派のひとたちは、なにを感じ、どう思うのだろうか。
こうして、幾度となく地域の信仰と文化が深刻に傷つけられている。宗教や文化だけではなく、パレスチナの経済状況も深刻かつ戦略的に縮小化されている。
ガザ地区の経済状況について、サラ・ロイは『The Gaza Strip: The Political Economy of De-development』の中で、ガザの「de-development(非発展化)」が意図的かつ計画的に行われていると述べている。彼女は、これが単なる軍事行動ではなく、ガザの社会を長期的に破壊し、住民を絶望的な状況に追い込むための手段であると主張している。この戦略は、ガザを意図的に貧困と絶望の中に置き、長期的に政治的に無力化することを目的としている。
ロイの分析は、イスラエルが現実を操作し、自らのイメージを守るために戦略的に行動しているという主張と共通点がある。彼女の視点を取り入れることで、現在のイスラエルのガザにおける行動が、過去の戦術と本質的に変わっていないことが示唆される。これは、ガザの現実や被害を隠蔽し、特定のナラティブを押し出すことで国際的な批判をかわそうとする戦略の一部であると見なせるだろう。
その典型例をジャーナリスト藤原亮司氏がルポしている。
経済を絞り、産業をなくすという局所的経済制裁と言っても過言ではなかろう。
支援という名の搾取と経済制裁について鋭い視点を得たポストを読んでほしい。
経済学者、宇沢弘文の理論では、社会的共通資本は公共の利益を支える基盤として、環境資源や公共インフラが含まれる。
これを現代のパレスチナ問題に適用すると、ガザ地区の経済的な縮小やインフラの破壊が地域社会や全体の社会的共通資本に与える影響が浮かび上がる。
具体的には、ガザのインフラや公共サービスの崩壊は、地域住民の生活の質を著しく低下させ、社会的共通資本の機能を損なっているのは周知の通りだろう。これは、公共の利益を支える基盤が壊れることで、地域社会が持続可能な発展を遂げる能力が失われることを意味する。ガザの現状では、過去、ハマス政党などが提供していた教育や医療、インフラが破壊され尽くし、その結果、社会的共通資本が損なわれているといえよう。
※ハマスをテロと見るか、宗教的レジスタンス政党と見るかも大きな争点であり、過去の歴史を振り返らねばならない。
宇沢弘文の理論を通じて、ガザの「de-development(非発展化)」の背景には、意図的な資源配分の歪みや社会的共通資本の破壊があると考えられる。
さて、プロテスタンティズムは、商業活動を神への奉仕と結びつけることで、パラドックス的だが責任の所在を曖昧にした。さらに、プロテスタントの教義は植民地主義と親和性を持つようになり、グーテンベルクの印刷技術によって聖書が大衆に広まった結果、識字率向上と貿易や植民地から得る資源による経済的安定が促進された。これが現代においては、特にアメリカでの福音派とシオニストロビー支援との関連が深まっている。しかし、プロテスタント内での責任者が不明確であるため、適切な対話と責任の明確化が難しい状況が続いている。※すべてのプロテスタントがそうという訳ではない。
そしていまのガザにおける戦争、もはや戦争ではなく大虐殺だが、はどうなっているか。
ガザの被害状況
イスラエル軍の行動は、国際法や人道的配慮の観点から深刻な懸念を引き起こしている。ガザ地区での民間人の犠牲者数が極めて多いこと、インフラの広範な破壊、そして人道支援の制限などは、武力紛争法に照らして問題があると指摘されている。これらの行動が、意図的であるか否かに関わらず、パレスチナの人々の生存権を脅かしている点は重要な議論の対象となっている。
ガザ戦争、ガザ保健当局によると、10か月余りでガザでの死者数は4万人近くだ。
清潔な水の極度の不足やゴミや瓦礫などの山積による衛生問題、食糧不足による栄養失調。これらから、感染症が蔓延し始めている。乳児の混合ワクチン接種はほぼ不可能であり、ポリオが検出されてもいる。
そして、ランセットによれば被害はもっと甚大である。
結論
国際社会が沈黙を破り、対応する時が来ている。ヴェーバーの言う「鉄の檻」(註釈2)に囚われたように、我々もまた、この問題に対して無力感を抱く一方で、行動することの重要性を理解しなければならない。
政治や宗教において責任の所在を明確にすることは、健全な社会の構築に不可欠だ。日本からの外交圧力を強化するためには、個々の国民が政府に訴え続ける必要がある。しかし、現在の状況では命が危機に瀕しており、資金があればガザの子どもたちを安全な場所へ移動させることができるかもしれない。彼らの状況を考えると、人間の存在そのものに対する深い疑念が浮かぶ。
破壊を引き起こした者たちは、必ずその結果を受けることになる。この紛争の解決には、国際社会による強力な外交圧力と意識改革が不可欠だ。具体的には以下の行動が求められる:
国連安全保障理事会による即時停戦決議の採択と、イスラエルへの経済制裁を含む強制力のある措置の実施
パレスチナの人権と自決権を尊重する国際的な合意形成
イスラエルの占領政策と入植地拡大に対する明確な非難と制裁措置
パレスチナ難民の帰還権と補償に関する具体的な計画の策定
ガザ地区の再建と人道支援のための大規模な国際援助の即時実施
パレスチナ国家の承認と、国連加盟国としての地位確立の支援
世界は、イスラエルにのみ寄り添うのではなく、パレスチナの苦境にも等しく注目し、支援を行う必要がある。この意識改革なくして、公平で持続可能な解決策は見出せない。
各国政府は、イスラエルへの無条件の支持を改め、パレスチナの人々の基本的人権と尊厳を守るための具体的な行動を取るべきだ。
国連安全保障理事会決議242号が締結された1967年、果たして、パレスチナの立場を考慮していただろうか?
2024/08/12のフランス、ドイツ、イギリスのガザ地区停戦、中東緊張関係のエスカレーションについての声明はイスラエルという文字が見当たらない。
なにを忖度しているのか?
イスラエル政府は、長きに渡り、実際の現実や被害を覆い隠し、特定のナラティブを押し出すことで国際的な批判をかわそうとする姿勢が見受けられる。
※これについては、Xで言及している。スレッドを参照してほしい。
市民社会も、この問題に対する認識を高め、政府に対して公平な政策を要求し続けることが重要である。
破壊的な暴力の連鎖を断ち切り、両者の権利と安全を保証する解決策を見出すには、国際社会の断固とした姿勢と行動が不可欠だ。宗教や民族の違いを超えて、人類共通の価値観に基づいた対話と和解を探ることが、この地域の平和への道を開く鍵となる。しかし、それは両者を対等に扱い、パレスチナの人々の苦難に真摯に向き合うことから始まるのだ。
註釈
1.シオニストロビーには、いくつかの具体的な団体が存在する。
1. アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)
AIPACはアメリカで最も影響力のあるシオニストロビー団体の一つであり、アメリカ政府に対してイスラエル支持の政策を推進するためのロビー活動を行っている。議員や政策立案者に影響を与え、イスラエルに有利な法案の成立や予算の確保を図る。
2. アンチ・ディファメーション・リーグ(ADL)
ADLは反ユダヤ主義やその他の差別と闘うために設立された団体であり、シオニストロビーの一部と見なされることがある。特にイスラエルへの批判が反ユダヤ主義と見なされる場合に、その批判に対抗する活動を展開している。
3. クオリティ・インディペンデンス(CUFI)
キリスト教徒ユダヤ人シオニスト団体であり、イスラエルを支持するキリスト教福音派の支持を集めている。彼らはアメリカ国内でイスラエルを支持する政治的動きを支援している。
4. イシューロビーステート(J Street)
J Streetは、AIPACと比較してよりリベラルな立場をとる団体であり、二国家解決を支持し、アメリカの外交政策においてイスラエルとパレスチナの平和共存を推進している。
これらの団体は、アメリカの政治や外交において大きな影響力を持っており、特にイスラエルに関連する問題については、彼らのロビー活動が重要な役割を果たしている。
2.「鉄の檻」という表現は、ドイツの社会学者マックス・ヴェーバー(1864-1920)が『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の中で使った比喩だ。ヴェーバーは、資本主義社会が合理化を進める過程で、個人が自由を奪われ、非人間的な官僚主義的システムに閉じ込められてしまう状態を「鉄の檻」と呼んだ。資本主義がもたらす効率性や生産性の追求が、個人の道徳的価値観や人間的な意味を疎外し、結果として個人が「鉄の檻」に閉じ込められたように感じることを憂慮した。この「鉄の檻」は、現代社会における人間の疎外感や、システムに対する無力感を象徴している。
参考文献
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』マックス・ヴェーバー 岩波文庫
『The Hundred Years' War on Palestine: The International Bestseller』Rashid Khalidi
『パレスチナとは何か』エドワード・サイード 岩波書店
『恋する虜』ジャン・ジュネ 人文書院
『シャティーラの四時間』ジャン・ジュネ インスクリプト
『The Gaza Strip: The Political Economy of De-development』Sara Roy
『Hamas and Civil Society in Gaza: Engaging the Islamist Social Sector (Princeton Studies in Muslim Politics Book 50)』Sara Roy
『Unsilencing Gaza: Reflections on Resistance』Sara Roy
『社会的共通資本』宇沢弘文 岩波新書
『資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界』 佐々木実
『ビビ・ネタニヤフのヨルダン渓谷談話から』藤原亮司 2010/01/21
『天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い』中村 哲 NHK出版
Counting the dead in Gaza: difficult but essential Rasha Khatib/Martin McKee/Salim Yusuf/Published: July 05, 2024
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(24)01169-3/fulltext
友人がまだガザ地区北部から出れておりません。
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