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皆もすなるトイレ作文といふものを、私もしてみむとてするなり。

「先生、トイレ」
「先生はトイレじゃありません」

何という無駄なやり取りだろうか。このやり取りを耳にする度に私は、『キン肉マン』に登場する、身体が便器の超人「ベンキマン」を思い出す。頭上にとぐろを巻いた大便を乗せた、体全体が和式便器の形をしているとんでもない超人だ。「恐怖の便器流し」という、敵を自身の身体の和式便器でどこかへジャーっと流してしまう恐ろしい必殺技をもっている。

このタイプのやりとりをするベンキマン教員の気持ちはわからんでもない。教員という生き物は、トイレの周りでぷりぷりと怒っていることが多い。トイレに悩み、トイレに翻弄されることで給料をいただいていると言っても過言ではない。

子どもはわたしたち教員に「トイレに行っていいですか」と許可を求めてくることが多い。これは、ひとりの自由な人間として、おかしな質問である。当然教員は「トイレに行くのに、許可なんていらないんだよ。いつでも行っていいんだよ」と優しく伝えるのである。「ただ、突然いなくなると心配だから『先生、トイレ行ってきます!』って、教えてくれればそれでいいんだよ」と。

しかし、さすがは子ども。こちらの想像を超えてくるのが子ども。そんな話をした次の時間の授業は体育。ハンドベース。僅差を追いかけ合う緊迫した最終回。ピッチャーがボールを投げたまさにその瞬間、「先生、トイレ!」を言い残し、トイレの方へと走り出すセンターの子…。

そんなときに限って、バッターが放った打球は綺麗に二遊間を抜けていく。これが決勝点で負けてしまい激怒するチームメンバー。確かに「いつでも行っていいんだよ」と言ったけれども。今後は「いつでも行っていいんだよ(最終回を除く)」と伝えるようにしよう。

わたしが子どもの頃の学校では、大便をすることは許されなかった。わたしだけができないのではない。子ども同士皆互いに見張り合い、便所の個室から出てきたところを見つかった奴は、神輿に担がれるがごとく騒がれた。糞みたいな文化であった。

担がれるのは避けたい。しかし我慢にも限界がある。特に鬼門は「帰りの会」。何故だろうか、帰りの準備にランドセルを取りに行くあの瞬間、公教育から開放される気の緩みもあるのだろうか。必ず便意が込み上がってくるのである。

寄せては返す便意と向き合いながら、早く終われと祈る「帰りの会」。「帰りの会進行カード」を手にした日直が、へらへらしながら前に立つ。
「いまから かえりのかいを はじめます」…。
「かかりからの れんらくは ありませんか」…。
「いいことみつけの はっぴょうを しましょう」…。
「せんせいからの おはなし せんせい おねがいします」…。

気を失うほど長い。身体の下の方にぐっと力を入れて汗ダラダラで聞く「学級新聞係からの連絡」。極限状態、潤んだ目で聞くいいことみつけ「たつやくんがえんぴつをひろってくれました」。何一つ聞いていなかった。この時間に1mmも教育的効果なんて無かった。そこにあったのは絶望と便意。なので今のわたしが受け持つクラスの帰りの会でやることはたったひとつ。元気よくサヨナラを言うことだけ。さぁ諸君、トイレへ走れ!!

令和の現在、地域によっては、未だにこの文化が生き残っているところがあるのかもしれない。しかし、少なくとも15年間勤めたわたしの勤務先には存在しなかった。皆、堂々と「お腹が痛いのでトイレに行ってきていいですか」と聞いてくれる。教員1年目の頃は、堂々とみんなの前で「今から大便をする宣言」をするその子がいじめられてしまうんじゃないかと不安になったが、いらぬ心配であった。大したもんだ。

最後に、教員は日中なかなかトイレに行けないという問題がある。教員がトイレに行っている間は教室が無法地帯になってしまう、いわゆる教育困難校にお勤めの教員の皆様のほとんどが膀胱炎経験者なのではないか。それは流石に言い過ぎだが、膀胱炎が職業病であるというのは、職員室では有名な話である。朝から夕方までトイレに行かないという日は、めずらしくない。

しかしこうしてトイレについて書いていると、なるほど、わたしの教員としての重要な素質(しばらくトイレに行かなくてもなんとかなる力)は、子どもの頃のあの悪しき文化のせいで鍛えられているんだなと気付くことができた。あのくだらない帰りの会の後の帰り道、変な歩き方をしながら流した涙が給料に変わって、今のわたしの生活を支えているのね。



突然の拙いトイレ作文。「本・ひとしずく」さんがつくったトイレの本『ノートイレ!ノーライフ!』という本に出会ったせい。読んでいたら、わたしも書きたくなった。

トイレ・アンソロジー。何人もの方がトイレについての文を書いている。人とトイレは切り離せないから、皆それぞれトイレに対して想いや考えをもっている。そしてそれぞれの視点が違う。これがまた、面白い。

突然トイレがなくなってしまったので、この本の売上でトイレを作る、とのこと。凄くない?いやぁそれは凄い人生だと感動してしまった。そんなの無条件で応援したくなる。ぜひ、最高のトイレを作ってほしい。

本・ひとしずくさんのHP👇オンラインショップも🚽



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