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【#01 起立 気をつけ 今から本屋を始めます】ブタコヤブックス開業日記

2024.5.9(木)

「大体でいいんだけど、いつまでに決断できそうかな?」
 職場の長に応接室へ呼び出され、そう聞かれた。どうやら、来年度の人事を司る人間に、退職をする可能性のある者が職場に潜んでいるということを報告しなくてはいけないらしい。
「以前に、年末までに決めてくれればいいと教えていただいたので、そのつもりでおりました。」
 昨年度のうちから退職の意向は伝えていた。なんとなく、「本屋を始める」とは言えなかった。「小売業を始めたくて…」という、なんともわかりづらい言い訳を使った。職場の長は詳しく問い詰めることをしなかった。
 プロフィール欄に「いつか本屋を始めます」と書いたアカウントを作ってから一年が経った。私の本屋はいまだに始まっていない。なかなかの好立地にある、お手軽な家賃の物件につばをつけさせていただいていたところだったが、紆余曲折、なかったことになってしまったのが先月の話だった。今は絶望の中にいるところだ。
「そうかあ。ゆっくり決めてくれればいいんだ。また進展があれば教えて欲しい。」
 寛大かつ理解のある優しいリーダーである。大変ありがたい。しかしおそらく本音は「どっちでもいいからとにかくなるべく早く退職か残留を決めてくれ」といったところであろう。年末までに決まらなければもう一年この職場で働くことも、この話し合いで決まった。年末なんて、あと半年ちょっとしかないではないか。私が本屋になれる場所を、半年間でなんとかして見つけなくてはいけない。

5.10(金)

 昨日の応接室の中で聞いた「ゆっくり決めてくれればいいんだ」という言葉が、頭の中をぐるぐると回る。ゆっくりしていたら半年間なんて右見て左見た頃には過ぎ去っている。むしゃくしゃして珍しく通勤ランをした。胸が痛いのは久しぶりのせい。

5.11(土)

 商店街の皆さんと一緒に、以前とは別の物件の内見にお邪魔した。以前の物件と比べると、駅からは少し離れてしまうし、眼の前が踏切で騒々しいし、といった負の特徴が気になってしまった。ゴォォォォとけたたましく電車が通るたびに、会話を途中で止めないと何を言っているのか聞こえない。これは、あれだ。全校朝会の最中にキンコンカンコンとチャイムが鳴ってしまい、「校長先生の話」を中断するときに似ているな、なんて思いながら物件をふらふら見た。うわのそら。以前の物件よりは広い。その分家賃も上がる。
「ここと、もうひとつ、裏もある。」
 と、大家さん。この物件と繋がっている裏の部屋を、つい最近までどなたかに貸し出していたとのことであった。裏に回り、シャッターを開けてもらうと、床も壁も天井も真っ白な、きれいなお部屋が現れた。何一つ手直しを必要としないような、棚や机とレジさえあれば今すぐに本屋ができそうなお部屋が急に目の前に現れた。靴を脱いで上がるフローリングのスペースまである。一本裏手に回るだけで、あれだけけたたましかった電車の音も、さほど気にならない。校長先生の話も止まらない。表から見たドアの感じは、あの有名な本屋さんにそっくりだ。気に入った。完全に気に入ってしまった。でもね、世の中そんなに甘くないの。分かっている、分かっているの。お家賃が、いかついってことは。あれだけ素敵なら、そりゃ仕方ない。でもここで本屋ができたら楽しそうだなぁと、思ってしまった。

5.12(日)

 商工会議所へ行き、創業塾に参加した。「ずっと小学校の中で働いていたので、学校の外の世界をあまりに知らなすぎる。古くからの友人と飲みの席で話していても、お金の話やら何やら、何を言っているのかよく分からない。そんなことよりダンゴムシの話しようぜ? という状態です。なので参加を決めました」ってな感じの自虐的な自己紹介がちょいとばかりウケた。いい加減、自虐的なおじさんはやめなくてはいけない。




5.26(日)

 おい、2週間だ。最後に書いた日から、2週間も経ってしまった。「本屋をオープンさせるまでの葛藤を日記に残すんだ!」という、どこかで拾ってきたような計画は、4日目にして崩れてしまった。なんという集中力の無い、計画性の無いだめなやつなのだろう。
 2週間も切らしたので日記そのものを削除しようと思ったけれど、たった4日間とはいえせっかく書きのこしていたので、ここに埋葬しておこうと思う。


 そして、やっぱり記録はつけておこうと思う。いったんサボったけれど、もう一度、やり直す。
 オープンするその日まで日記を続けることができたなら、諸先輩方のようにこのnoteを冊子にして、自分の本屋に並べてしまう…なんて夢も、あったりなかったりする。これが最初で最後の日記になる可能性も、あったりなかったりする。それでもちょっと今日から頑張って、日記を書いてみようという気持ちが、あるのだ。


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