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ニジンスキー

ハーバート・ロス『ニジンスキー』。

こちら国内版が出ていません💦
私は知り合いが録画していた字幕版を借りて観ました。^_^

ニジンスキーがバレエ・リュスで振付を手掛け始めた所からディアギレエフとの訣別、精神に破綻をきたしはじめる頃までを描いた映画です。
近代バレエの中で最も重要なダンサーでありコレオグラファーの1人であるニジンスキー。彼の振り付けた数少ない作品の初演を再現した衣装、装置で断片的ながら見ることのできるバレエファンには嬉しい映画です。
ニジンスキーを演じたABTのソリスト、ジョルジュ・デ・ラ・ペーニャも素晴らしくて、『薔薇の精』の場面ではまさにそこだけ無重力空間のような軽やかな跳躍を見せてくれてうっとり。ダンサーとしてだけでなく、傷つきやすく繊細なニジンスキーをとても良く演じています。『春の祭典』の強烈な不協和音と変拍子の音の洪水に責め立てられているかのような振り付けを考えていくシーンは鬼気迫る表情で、ニジンスキーの行く末を暗示するかのよう。
この映画が作られた時は『春の祭典』は復元されていなかったので、ケネス・マクミランが振付けています。
ディアギレエフ役のアラン・ベイツも名優ですね~。ニジンスキーの芸術の1番の理解者でありながら冷徹な興行師、その相反する2つの顔を見事に同居させています。ニジンスキーの妻ロモラがディアギレエフに許しを乞いに来るシーンの動かない表情に、逆に彼のニジンスキーへの憐憫の情を感じます。
ニジンスキーを愛し献身的につくしたのは妻ロモラですが、ニジンスキーを理解していたのはディアギレエフだったんだ、と強く感じさせられます。
芸術とは何かを教え、ギリシア芸術にニジンスキーを触れさせたのもディアギレエフ。バレエによる総合芸術を目指しながらいつもオペラにコンプレックスを持っていた彼。彼の思い描く芸術を体現し、神性を宿す高みにまで連れて行ってくれるのがニジンスキーだったんではないでしょうか。ニジンスキーのモダニズム、プリミティブな感性を理解し、受け入れられ難い現実を知りながらも上演を敢行したディアギレエフ。彼もまた芸術に魂を売り渡した1人だったのだと思います。
そんな理解者ディアギレエフを失う恐怖、絶望、追い詰められていくニジンスキー、それに重ねられる『ティル・オイレンシュピーゲル』がとても象徴的で効果的です。
ベジャールを始め、モダン、コンテンポラリーを見慣れた私達にとってもニジンスキー版の振付は今なお斬新で鮮烈です。
ニーチェ言う所の“ディオニュソス的”な芸術というのはこういう物なのかな?などと考えてみたり。
プリミティブで荒々しくて時にエロティックで醜悪で。でも心のどこかを掴み揺さぶります。ニジンスキーが身を置いた激情をこちらも追体験するような。
ラストの拘束衣姿のニジンスキーの独白が印象的です。


僕は魂
僕は愛
僕は神のニジンスキー。
僕は神を愛し神は僕を愛する。
僕は神の道化師。


芸術の神に愛でられるというのはもしかしたら生身の人間には耐え難い苦痛を伴うものなのかもしれません。

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