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オール・アバウト・マイ・マザー

数々の賞に輝いたアルモドバル監督の名作です。
この映画の魅力はやはり何と言っても女性達の逞しさ。
それぞれがそれぞれに事情を抱えています。悲しみ、苦しみ、そして過去。
事故で息子を亡くした母、困難な状況の中で新たな生命を宿す女。女しか愛せない女優、女になりきれない女、トランスジェンダーの客引き。
個性に溢れ、そして美しく強い“女”達。
最愛の息子を亡くし、息子の心臓を臓器提供し、そして自分の過去から消し去った息子の父に息子の死を告げるために旅に出るマヌエラ。マヌエラ役、セシリア・ロスは素晴らしく美しいです。激しく慟哭する姿、繰り返される悲劇に怒る姿、そして人々を愛おしむ姿。母として、女性としての強さと慈しみ深さに溢れたその姿は本当に美しい。彼女自身、深い悲しみを抱えながらも周りの人々の心を解きほぐし、そして癒していくのは彼女の強さゆえでしょうか。決して平坦ではなかった彼女の人生。描かれているのは息子を失ってからの彼女の人生ですが、けれど彼女の“過去”が見えてくるのです、確かに。
そして彼女の人生に重なる『欲望という名の電車』。そのブランチを演じる女優、ウマ・ロッホ役のマリサ・パレデスの存在感もすごいです。彼女もまた苦しみながら生きる一人。それではいけないと思いながらも恋人を甘やかしてしまう彼女。それでも愛を失う悲しさ。彼女がマヌエラに惹かれたのは彼女もまた多くを失ってきたからでしょうか。
ペネロペ・クルス演じるシスター・ロサの瑞々しい美しさ。彼女の運命もまた苛酷なものですが、彼女の育む新たな生命がそれぞれの希望となる奇跡。悩み苦しみながらも新たな生命を生み出す彼女もまた強い母なのです。
そして重いストーリーにユーモアを加えるアグラード役のアントニア・サン・ファン!彼女はもう素晴らしいとしか言いようがないです。とにかく見て、と言いたくなる名演。本物の女が作られた女を演じてリアリティを感じさせるのは並大抵ではないと思いますが、彼女は見事にやってのけています。ハスキーな声、中性的な外見も味方したかもしれませんが、本物の女じゃないのよ、私は、という乾いた悲しさ。自嘲的でありながらコミカルでシニカルで。“女”の自分を作り上げる過程を語るシーンは本当に素敵。コケティッシュで可笑しみを持たせながら、それでいて彼女の人生の重みを確かに感じます。彼女の存在が皆の心を柔らかく優しく包んでいく。彼女もまた美しく強い“女”の一人なのです。
そんな素晴らしい女優達で描かれる女達の物語。
彼女達は確かにそれぞれの事情を抱えているけれど、そこに留まっているわけではありません。否応なしに進んでいく人生の時の中で、苦しみもがきながら彼女達もまた前へと進んでいく。その彼女達自身の強さが、この重く悲しい物語に光を与えているのです。
失われる命、与えられる命、そして新たに生まれ来る命。繋がっていく命と、そして女性達の賛歌。そんなアルモドバル監督の優しい視点が感じられる素晴らしい映画です。


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