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イントゥ・ザ・ワイルド

クラカワーのベストセラー、『荒野へ』の映画化権を10年かけて獲得したショーン・ペンの監督作品、『イントゥ・ザ・ワイルド』。
正直に言うなら10代か20代の始めに見たかったかもしれないですね。きっとその方が主人公クリスにもっと感情移入できたんじゃないかと思います。
物質主義、拝金主義からの脱却、全てを棄てて自分探しの旅に出るクリス。両親への怒り、安易な生き方への反抗。若さゆえの痛いほどの純粋さと無謀さに溢れた彼の旅。
そしてアラスカの原野の中で彼は一つの結論を見出だしますが、彼を待っていたのは残酷な結末でした。
なぜ彼は荒野を目指したのでしょう。そこに彼はどんな理想の世界を夢見たのか。原始的な生活、彼の他に誰もいない、本当の孤独。その中に彼は何を見たのか。
人は何故時として孤独に惹かれるのでしょう。何ものにも捕われない完全な自由。それはとても美しい世界のように思えるけれど、どこまでいっても誰かと何かを分かち合うことのできない荒涼とした世界。彼が導き出した答えとはおよそ逆の世界。けれどその寂寥の中に身を置いたからこそ見出だせたのかもしれない。
生き難い、何かに捕われた生活。物には満たされているけれど自分を抑圧し、憤りたいことにも憤れない不自由さ。欺瞞に満ちた人々との関係。彼は若さゆえにそれらへの嫌悪に堪えられず、自然の中へと逃避したのでしょうか。彼の旅は自分の生を見つめ直す旅でもあり、そして自分が捕われていた世界からの逃避行でもあったのでしょう。
その放浪の中で彼は今まで出会ってきたのとは違う価値観や世界で生きてきた人達と出会い、そして彼はその人々と大切な何かを交わし分かち合ったはずなのです。
アラスカの荒野まで行かずとももしかしたら導き出しえたかもしれない幸福への答え。そして両親への許し。でも、彼は荒涼としたけれど生命に溢れた原野へと旅立っていった。そうまでしなければ彼の魂は解放されなかったのでしょうか。
彼の精神はその荒々しい自然の中で生を感じることで再生していき、癒しを得たのでしょう。彼の清々しい表情からそれを見てとることができます。
しかし彼は荒々しい自然の中ではあまりに脆弱だった。それが彼の悲劇なのです。自然の中に身を置くことで彼は元いた世界で生きる術を見出だし戻る決意をするけれど、それを阻むのもまた自然だった。
狩猟の出来ない者、食べられる植物を見分けられない者を守ってくれるほど原野は優しくはない。むしろそうした弱者を淘汰していく。彼はその淘汰されるべき弱者となってしまった。彼の捨て去った文明と道具無しには彼は生きる術を持たなかったという悲しい現実。生きる為には彼は優しすぎたし、あまりに脆弱だった。せっかく獲物を見つけても、その獲物に子供がいるのを見て彼は撃てなくなります。その時点で彼は原野で生き残る術を持っていないことを露呈してしまっていたのではないでしょうか。それは彼の悲劇を暗示していたのかもしれません。
最後の時、彼の見たであろう美しく光り輝くどこまでも青い空。それは彼の純粋でひたむきでいたいけな魂そのものなのかもしれません。
青臭い若さに満ちた彼の旅。彼の短くも濃密な生涯。その鮮烈さに、人々は惹かれるのかもしれません。この旅を無謀な若者の愚かな行為と呼ぶこともできるでしょう。けれど彼の持つ純粋さは時代に関係なく人の心をうつのではないでしょうか。どこかで彼のように何もかも捨ててどこかへ旅立ちたいという欲求は誰もが持つのではないでしょうか。でもそれは容易なことではなく、誰もが踏み出せないことだからこそ、それを為した彼に惹かれるのかもしれません。
そんな彼を丹念に丁寧に描き出したショーン・ペンと素晴らしい演技を見せてくれたエミール・ハーシュには脱帽です。
一人の若者の一瞬の生の煌めきを鮮やかに描き出した素晴らしい映画でした。

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