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『雄獅少年/ライオン少年』と「留守児童」と『毒入りコーラ殺人事件』

2023年5月26日公開の中国の3Dアニメーション映画『雄獅少年/ライオン少年』を観てきました!

いやあ~~!!!めっちゃ面白かった!!!
まだ公開が開始されたばかりだというのに、大阪の映画館では上映回数が午前9時台1回だけとか、もう終わっちゃうの……?と焦りながら観に行ったのだが、めちゃくちゃ面白いじゃないか!!!

中国の片田舎、ひ弱な少年チュンは伝統芸術の「獅子舞バトル」に憧れて、同じくいじめられっ子の友人マオとワン公とともに全国大会をめざす。

獅子舞って日本でもあるけど……中国の獅子舞ってこんなに激しいアクションバトルなのか!?!?

獅子舞どうしが激しくぶつかり合ったり、高い棒の上に取り付けられた玉を奪い合ったり、高いポールや綱渡り、曲芸や武芸のようにも思えるし、芸術と競技と混じり合う。

獅子の姿も、コミカルさと勇猛さがあり、とても美しくカラフルで楽しい。

そんな獅子舞バトルの全国大会に向けてチュンたちは、元選手で現在はしがない干し魚屋をやっているチアンを師匠に鍛錬を続けていく。

そんなチュンに降りかかるさらなる運命…!
ハラハラドキドキのストーリー展開。
少年の成長物語としてとても胸が熱くなると同時に、彼に待ち受ける運命の苛酷さには苦い思いがあふれる。

背景美術もリアルととても美しく、子どもたちの暮らす田舎の風景、獅子舞という伝統文化と、両親が暮らす都会のビル建設現場との対比がとても鮮やか。

しかもどうやら続編『雄獅少年2』も正式発表され、中国では2024年公開予定とのことで、とても楽しみだ。

~*~

それにしてもこのアニメーション映画で私が驚いたのは「留守児童」という中国の社会問題を扱っている点だ。

チュンは田舎で祖父と暮らしていて両親は都会に出稼ぎに出ている。
定期的に電話で話をするものの、なかなか両親は彼のもとに帰省することが叶わない。
チュンが獅子舞の全国大会をめざしているのも、本戦が両親のいる都会で開催されるからだ。

映画の中で詳しくは語られないが、ワン公も同じなのだろう。
彼は最初たくさんのバイトをしていたが、両親からの仕送りでは食費が賄えないというセリフがあった。そしてきっとマオも……。

田舎の村で肩身の狭い思いをしてきたチュン、マオ、ワン公の3人は、両親と離れて貧乏な暮らしをしている少年たち。
彼らと敵対する獅子舞チームのメンバーは、たぶん両親もいて暮らしに困ることもなく屈強な肉体を持つ。

『雄獅少年/ライオン少年』はそんな生まれながらの格差を「獅子舞バトル」で乗り越えるサクセス・ストーリーでもあるわけだが、そんな中国の「留守児童」を扱ったマンガが邦訳されている。

Golo Zhaoさんの『毒入りコーラ殺人事件』だ。

両親と離れて田舎で祖母と暮らす小学生レイレイ。
貧乏であまり頭も良くなく学校でもつまはじきにされているレイレイの唯一の友達は、知的障害のある姉妹だけ。
レイレイは彼女らからもいじめられたり、彼女たちの問題行動を自分のせいにされたり理不尽な扱いを受けている。
そんな辛い毎日を過ごすレイレイの我慢は限界を迎えてしまう……。

この物語は2015年に中国で実際に起きた事件をもとにしている。

私がこの作品を最初に読んだのはフランス語版(仏題:«Poisons»)だった。
フランス語版には巻末に作者Goloさんのインタビューと、「留守児童」(フランス語の直訳では「見捨てられた子ども(Les enfants abandonnés)」と記されていた)に関する解説が掲載されていた。
この解説が本当に興味深い。

両親は都会に出稼ぎに行って田舎で離れて暮らす子どもたちは、両親の仕送りだけでは足りずに貧しい暮らしを余儀なくされる。まともな教育も受けられず、非行や犯罪に走ったり、うつ病になったり精神的に不安定な子どもたちも多い。
両親は都会に子どもたちを呼び寄せて一緒に暮らしたくても、都会での生活には金がかかり、家族で暮らせる給料を得られない。たとえ呼び寄せられたとしても越境通学に制限があって子どもたちを都会の学校に通わせるのが難しかったりする。

レイレイの両親はマンガの中に全く現れない。
彼女は両親から完全に見捨てられた子どもなのだ。

このマンガにはレイレイが爪を噛むシーンが何度も出てくる。
誰にも頼ることのできないレイレイの孤独や不安。言葉にならない彼女の鬱屈した思いがそのコマから滲んでいる。

なお、Goloさんはほかにも2作品が邦訳されていて、どちらも素晴らしい。

何劉君の思い出-人間有味-は、かつては賑わっていたがいまは廃れた地方の工業都市に住んでいた少年時代を、「食」の記憶をテーマに描き出す連作だ。「冬のタピオカ店」と「牛肉スープの思い出」という2つの作品が収録されている。

いまはさびれた地方都市という舞台設定がいい。
「冬のタピオカ店」は、ようやく地元にできたタピオカ店にたむろする高校生たちの物語。流行りのおしゃれスポットを期待した高校生たちを裏切るしなびたおっさんが店主なのも味がある。
「牛肉スープの思い出」は小学生のころ。男子とも女子とも仲が良いデブの友人との、なんともほろ苦い思い出だ。

Goloさんの邦訳2作品目君は世界で一番美しい色は自伝的作品だ。

中国南部の地方都市に暮らす画家志望の中学3年生。同じく画家志望の委員長にひそかに想いを寄せている。着彩が苦手だったと語りながら、ここまで色鮮やかに美しいフルカラーコミックが生み出されたことが、その苦手を克服することになった委員長との、まばゆいばかりの美しさと同時に記憶から消し去りたいと思ってもそうはいかないあまりに苦い黒歴史。

なお『君は世界で一番美しい色』については、バンド・デシネ翻訳者の原正人さんとのポッドキャスト「海外マンガの本棚」でも語っている。こちらもぜひお聞き願いたい。

いずれの作品も中国の地方都市を描いた美しいフルカラーのコミックだ。

『雄獅少年/ライオン少年』をご覧になった方にもぜひGolo Zhaoさんの作品をおすすめしたい。



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