夏葉社のドキュメンタリー映画「ジュンについて」を観て
つい先日、好きな出版社である「夏葉社」のドキュメンタリー映画の試写会を観に「渋谷ユーロライブ」まで足を運んだ。
「夏葉社」とは島田潤一郎さんが代表をつとめる吉祥寺にある「ひとり出版社」。昨今「ひとり出版社」が増えてきていると聞くが、その代表的な存在である。
私はいま島田さんが主催する文章教室に通っている。その教室で今回の試写会のことを知り、島田さんのファンとしてはいかない手はないと思い、苦手な渋谷の街に繰り出すことを決心した。
翌日から12月ということもあり、色めき立つ渋谷の街を、そそくさと早足で駆け抜ける。会場の「渋谷ユーロライブ」は、円山町にひっそり佇む、通好みの映画館。私は3年前に濱口竜介監督の作品『偶然と想像』を観にきて以来、2度目の利用になる。
受付をすませトイレに向かう途中、たまたま島田さんと会い「文章教室のひとたちも何人か来てますよ~」と、声をかけてくれた。すでに会場には100人近くの人がいたので、その中から教室のメンバーを探しあてることはできなかった。しかし、ここにいるひとたち皆、夏葉社のファンと思うと仲間意識が自然と芽生えた。
2500人のために本を作る
映画の内容は2021年~2024年の島田さんの活動を追ったドキュメンタリー。
夏葉社は2500人のために本を作っている。2500部というと決してベストセラーとは言えない。2500という具体的な数値の根拠は「会社の存続」と「本当に必要としているひとに届ける」この2点を考えたさいの現実的な着地点だったんだろう。
夏葉社は「ひとり出版社」のため、自分で本を企画して、書店を周り営業して、発送業務も行っている。1店舗1店舗、その本屋で働くひとたちの顔を思い浮かべながら梱包を施す。「効率」や「生産性」とは明らかに逆行している。しかし、このような姿勢が、夏葉社の本からにじみ出る「誠実さ」に繋がっていると私は思う。
今回、この映画のなかで最も印象に残ったのが、2022年に出版された『本屋で待つ』の製作過程。
『本屋で待つ』は広島県庄原市にある「ウィー東城」について書かれた作品。「ウィー東城」は本屋をメインに、コインランドリー・美容院・パン屋など複合的な機能を持つお店で、地域住民にこよなく愛されている。
「ウィー東城」は本屋であるものの、住民たちの”万事屋”てきな存在である。お客さんから壊れたラジオを預かり、メーカーに問い合わせて修理に出したり、「車の免許が取りたい」というブラジル人に日本語を教えたりする。そうやって本屋の範疇を超えたことをしているうちに、「ウィー東城に行けば何とかしてくれる」という信頼が住民たちから芽生えたのである。
「ウィー東城」が実践する”先義後利”てきな考えは、仕事をするうえで大切なことだと私は思う。このようなことは、いまどきのIT企業の経営者やインフルエンサーが出したビジネス書では学べないことだ。
集団から外れると言う勇気
島田さんが「ウィー東城」の社長佐藤友則さんにインタビューするシーンで印象に残った言葉がある。
「ウィー東城」には、元引きこもりのスタッフが多い。最初はお客さんに「いらっしゃいませ」と挨拶できない人も働いているうちに元気を取りもどし、お店に欠かせない存在になっていく。
私自身、引きこもりになった経験はない。けれど、仮に自分がその立場になり家から出れなく苦しんでいるとき、この言葉をみたらどれだけ勇気付けられることだろうか。
だから学校や会社に行けなくなり、そのことで自分を責めている人達に伝えたい。
集団から外れる勇気を持っているあなたは強い
夏葉社の本は万人うけするものではない。
けれど間違いなく必要としている人がいる。
私もそのうちの一人だ。
劇中で島田さんが「本を作ることに疲れた」と、ぽろっとこぼすシーンがあった。15年間ひたすら一人で走り続けていたら、そのような心境になってもおかしくはない。
仮に島田さんが活動休止するとしても、ファンとしては10年でも20年でも待っているつもりだ。だからこれからも島田さんには、無理のないペースで、優しくて誠実な本を作り続けてほしい。
終