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坂道を下って、かたつむりの殻のように渦を巻いた道を抜ける。 そうするとトンネルがあっ…
地面の下には水が埋まっていて、その底には街がある。 水底の街は青く輝いていて、そこに…
こん、こん、とキッチンに卵をぶつけて片手で開き割り、フライパンの中に落とす。 油がち…
私は本屋のアルバイトだった。しがない本屋のしがない学生アルバイト。 大学でも地味でぱ…
笛が鳴る。 彼女の手が、足が躍動して、一迅のオレンジの風のように走り抜けていく。その…
男は後ろをやけに気にしながら歩き、ある小路の入り口に立つと、殊更に警戒心を剝き出しにし…
病室の窓から外を眺める。青空に無数の魚影のような雲が泳いでいる。 午後のロードショーを見終えて、余韻に浸りながら缶コーヒーを飲んで一息つく。 「ああ、水瀬さん、また体に悪そうなもの飲んでますね」 巡回の女性看護師の鹿屋さんは眉を顰めながらそう言った。 「何か楽しみがないと、長い入院生活は耐え難くて」 そう言って点滴のチューブを持ち上げて肩を竦めてみせる。 鹿屋さんはああそうですか、と呆れたように言って私の脇に体温計を差し込み、腕に血圧計のベルトを巻いてポンプで空気を
世界には空に穴の空く場所があって、その穴の中には空色をしたダイヤモンドが眠っている。 …
波打ち際に貝殻が転がっていた。押し寄せては引く波に弄ばれ、ころころ、ころころと転がった…
顧問の黒田しづねが文芸部の部室を覗き込むと、鷺橋美織だけがいて、彼女は机や椅子を雑巾で…
■前回までのお話はこちら■本編 そのホールは古びていた。あちこちの壁に雨だれが見られたし…
■前回のお話はこちら■本編 牧場の中は寂れていた。日曜日の、しかもこんなにも天気のいい昼…
ナルミは街の失せ物管理事務所で働いている。 週四日勤務。時間は八時から十六時まで。土…
わたしが生まれたのは、小雪が舞い散り始めた、明け方のことでした。 生まれた時、母は一人でした。勿論産婦人科医や看護師はいましたけれども、分娩室の外でわたしが生まれるのを待っている人は、一人もいませんでした。 当時はまだ立ち会い出産、などということは珍しく、また田舎のことでしたから、男が出産に立ち会うとでも言おうものなら、奇異の目で見られたことでしょう。でも、父は生まれる前も、生まれた後も、立ち会うことはおろか、母の病室を見舞うことすらありませんでした。 そのことを聞か