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日常系・現代物小説集

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何気ない日常を描いたもの、現代を舞台にした小説をまとめています。
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記事一覧

渦を奏でる

 坂道を下って、かたつむりの殻のように渦を巻いた道を抜ける。  そうするとトンネルがあっ…

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青い街

 地面の下には水が埋まっていて、その底には街がある。  水底の街は青く輝いていて、そこに…

95

ピリオド

 こん、こん、とキッチンに卵をぶつけて片手で開き割り、フライパンの中に落とす。  油がち…

113

借物の外套

 私は本屋のアルバイトだった。しがない本屋のしがない学生アルバイト。  大学でも地味でぱ…

水瀬 文祐
1か月前
114

ポートレート

 笛が鳴る。  彼女の手が、足が躍動して、一迅のオレンジの風のように走り抜けていく。その…

水瀬 文祐
2か月前
139

麻薬読書者

 男は後ろをやけに気にしながら歩き、ある小路の入り口に立つと、殊更に警戒心を剝き出しにし…

水瀬 文祐
2か月前
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スパイ・オア・ストーリーテラー

 病室の窓から外を眺める。青空に無数の魚影のような雲が泳いでいる。  午後のロードショーを見終えて、余韻に浸りながら缶コーヒーを飲んで一息つく。 「ああ、水瀬さん、また体に悪そうなもの飲んでますね」  巡回の女性看護師の鹿屋さんは眉を顰めながらそう言った。 「何か楽しみがないと、長い入院生活は耐え難くて」  そう言って点滴のチューブを持ち上げて肩を竦めてみせる。  鹿屋さんはああそうですか、と呆れたように言って私の脇に体温計を差し込み、腕に血圧計のベルトを巻いてポンプで空気を

空色のダイヤモンド

 世界には空に穴の空く場所があって、その穴の中には空色をしたダイヤモンドが眠っている。 …

水瀬 文祐
2か月前
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波間に揺れる

 波打ち際に貝殻が転がっていた。押し寄せては引く波に弄ばれ、ころころ、ころころと転がった…

水瀬 文祐
2か月前
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白露に映るものは

 顧問の黒田しづねが文芸部の部室を覗き込むと、鷺橋美織だけがいて、彼女は机や椅子を雑巾で…

水瀬 文祐
2か月前
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写真小説家~小説家の追憶~

■前回までのお話はこちら■本編 そのホールは古びていた。あちこちの壁に雨だれが見られたし…

水瀬 文祐
3か月前
144

写真小説家~英雄の肖像~

■前回のお話はこちら■本編 牧場の中は寂れていた。日曜日の、しかもこんなにも天気のいい昼…

水瀬 文祐
3か月前
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声、さやけく

 ナルミは街の失せ物管理事務所で働いている。  週四日勤務。時間は八時から十六時まで。土…

水瀬 文祐
3か月前
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鞠の天蓋

 わたしが生まれたのは、小雪が舞い散り始めた、明け方のことでした。  生まれた時、母は一人でした。勿論産婦人科医や看護師はいましたけれども、分娩室の外でわたしが生まれるのを待っている人は、一人もいませんでした。  当時はまだ立ち会い出産、などということは珍しく、また田舎のことでしたから、男が出産に立ち会うとでも言おうものなら、奇異の目で見られたことでしょう。でも、父は生まれる前も、生まれた後も、立ち会うことはおろか、母の病室を見舞うことすらありませんでした。  そのことを聞か