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ひでえ連中

どうもむかつくことがある。何とも一番腹立たしいのは、この「幽霊」という存在である。まずもって現れ方が白々しい。なぜ、奴らは写真なりカメラなりの前に限ってここぞとばかり姿を現すのか。それも楽しそうに笑っている家族写真。青春の、圧倒的な青春の、もう網膜が焦げるほどの笑みを湛えた、とある中学バスケ部の集合写真。生きている人間が、浮世に流れる数少ない幸せを精一杯湛えた健気な写真。しかも最近は己の保身のためとて、ほとんどの車にドライブレコーダーなるものが記載されたのをいいことに、今日も己の生活のため、命を懸けて西へ東へ奔走する人々の目の前に現れ、フロントガラスに貼り付けた顔、「うわあ」みたいな感じで何か言いたげな雰囲気を装い、暗闇の中敢えて目立つような真っ白な装束を纏うなんてきょうびお化け屋敷でもやらないような幼稚丸出しのコスプレを行い、まるで当然みたいな、生前に恨みがあったとか誰かフラれたとか、男を盗られたとか金を奪われたとかいろいろあったのよ、だからこうして迷惑をかけるのも当然でしょみたいな顔をして青い顔してヤアヤア泣いている。

面白がっている。どう考えたって面白がっている。だって、生きている人間が死んだ後の世界についてまるで無知なのをいいことに、その弱みにつけこんで、現在進行形で懸命に命を燃やし生きている人々の生活の邪魔をするのだから、どう考えたってこれは兇悪な行為である。ダメだ。これは即刻、弾圧、駆除して我々生きて戦っている人間が少しでも住みよい世界になるために働きかけなければならない。しかも、それが例えば、一度死んだ身だからこそ分かるあれやこれや、君のやっていることは破滅を生むからやめた方がいいとか、その女には手を出さない方がいいとか、警察がいるぞとか、そういう警告、親切心をもってなされる行動ならば大いに歓迎したいところであるが、奴らの動機と言えば、大抵自己中心的、ワガママ、セルフィッシュなものばかりで、「たまたま通りかかった人が生前の彼氏に似てたから」とか、「俺をだましたアイツと同じ匂いがしたから」とか、「なんとなくそこにいたから」とか、はたまた一番はた迷惑なのは「寂しいから仲間にしたかった」とか。もうはっきり言ってやりたい放題である。死後の世界に治安維持機構はないのだろうか。それとも、われわれ生きている人間の獣や虫に対する態度と同等に、死んだ人間は我々を慰みものにし、あざ笑っているのであろうか。そもそもそんな奴らのために地獄というものが用意されているはずで、我々の世界を邪魔し、生きている我々を嬲りものにするような連中は今すぐにでも舌を引っこ抜かれるべきではないのか。閻魔は何をしているのだ。きっと酒でも飲みながら「デビル・アオイ」みたいな源氏名の幽霊と夜通し、飲んでいるのだろう、というのは冗談で、はてさて、それにしても困った事態である。ここは一つ、私も死んでみることにしよう。もしかして、もしかしたらそういった兇悪な行為をやる連中にも何かしらの深いワケがあって、私自身が無智なためにこうした憤りを抱いているだけかもしれないからである。やはり学びは大切で、我々は己の生活のため、または自分自身の市場価値を上げるためでなく、さまざまのことを知り、さまざまの背景を理解することによって、自分の精神と現前の世界との間に生ずる摩擦を減らしてゆくこと、これのために日々学び続けなければならない。

不満を垂れる前に、一度やってみるべきだ。

さて、たとえ私が死んでみたとする。ここには私の魂があり、ただ浮遊しているばかりで生きている人間は私に目もくれない。ここで我、やったぜとばかりに欣喜雀躍、生前に抑圧されてきた鬱憤を晴らしにかかる。まずは写真に写り込んでやろう。しかも、家族写真とか、カップルの写真とか、そういうのに限ってここぞとばかりに恐ろしげな顔をして、撮れた写真を覗き込む生身の人間の、あの目つき。恐ろしいものを目にしてしまった時に歪む、あの目つき。ぶひゃひゃ。おもしろくて辞められない。それからはもうやりたい放題、一時間に一回は女湯を訪問、車を運転して苛立っている人間に喧嘩を売る。しかも、「怖がりに来た人間」なんてのは最高だね。だって、彼らは文字通り恐がりに来ているのであって、こちらがその姿を表せばまるで期待通りのリアクションをしてくれる。こうして私は「心霊スポット」に棲みつき、動画に収められ、その動画はYouTubeにて全世界に配信。ひいては世界中で話題になり、ゴールデンタイムの番組にて私のこの姿が放送される。なんと、なんと、生きている間には決して手に入れることが出来なかった名声、圧倒的な名声がこんなに簡単に手に入るなんて、幽霊ってなんて素晴らしいんだろう。最高の生活。もう元には戻れない。あひゃはははは。なんて言ってると、いつしか時代は変わり、日が暮れて、仲間が増えて、生きている人間がいなくなって、また生きている間に暮らしていたような、息苦しい社会に逆戻り。あああ、つまんね。

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