見出し画像

【ショートショート】死に顔

情け知らずな人の口から、わたしは聞いた、死の知らせを。そしてわたしも、情け知らずな顔をして、耳を澄ました。


エル氏はちょうど葬儀に参列していた。外は雨が降っていた。

目の前では、故人の母親らしき人物がしきりにハンカチを目頭に当ててうつむいていた。気の毒だな、とエル氏は思った。二言三言、お悔やみの言葉を述べたりする。

「どうもご丁寧にありがとうございます。あの子も喜んでくれていると思います。」

彼女はエル氏の顔も見ずに去って行った。雨がぽつぽつ、と薄くなってきた頭皮に当たる。

このまま帰るのは気が引けた。亡くなったのは彼の学生時代の親友だった。卒業してから今まで一度も連絡を取っていなかったことが心残りだった。

エル氏は、もう一度仲の良かった故人の顔を見に棺桶を覗き込んだ。

亡くなった彼は、たいそう心地よく眠りについているかのように見えた。死化粧の技術も現代では相当なものらしく、頬にはほんのりと健康的な赤みがさし、口元は穏やかな笑みを湛えていた。どこからどう見ても綺麗な、模範的な遺体だった。

だが、その顔を見て彼は奇妙な気味悪さを覚えた。それは故人に対して覚えたものではなかった。むしろ生きている者の心、生きている者の持つ感受性の傲慢さを見せつけられたような気がして、心底嫌な気分になってしまったのだった。


エル氏は思った。

俺もいつか死ぬだろう。死んだら棺桶に入れられるだろう。そしてまるで何事もなかったように、すばらしく幸せな夢を見ている乙女よりも穏やかな顔に仕立て上げられ、清潔な服に着替えさせられて、こうしてこじんまりとした箱の中に入っているのだろう。

どうして死者は穏やかでなくてはならないのだろう?彼はどのような思いで死んだのだろう?その眠りはどうしても穏やかなものでなくてはならないのだろうか。己の人生の集大成を表わすであろうその死に顔にまで我々は仮面をかぶらなければならないのだろうか。生きているときも、死んだ後も、燃やされる最後の最後まで演技をし続ける我々人間の人生たるや、いったい何なのだろう?

そんなことを考えつつ、服毒自殺をした親友の顔をエル氏は見つめていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?