ドン・キホーテ(後編) セルバンテス
後編と前編の最大の違いは、後編は、ドン・キホーテ前編が出版された世界を、ドン・キホーテ本人が遍歴の旅に出るというところだと思う。
だから、行く先々で「あなたがあの!」と、ドン・キホーテを知っている人たちに出会う。「そうなんですよ。彼が、その!」ってこっちは内心でニヤニヤしたりした。
そんな出会いの中で、どちらかといえばドン・キホーテは驚かれ、呆れられ、馬鹿にされ、嘲られるわけだけど、それが本当にもどかしい。
特に後編大活躍の公爵夫妻は、ドン・キホーテのファンと言えなくもないだろうけれど、揶揄ってみようと楽しんでるところがあって、イベントはいっぱい起こるから読んでてワクワクするのだけれど、我らのドン・キホーテが痛い目を見るにつけ、悲しくもなる。
ドン・キホーテは、狂っているという点を除けば、冷静で、理知的で、稀に見る好人なのは明らかなのに、狂っているせいで……それがダメなんだけど、そこがいいのに……
ドン・キホーテの頭脳の煌めきに感動したのは、公爵夫妻から島(じゃないけど)を贈られて領主になったサンチョに、教訓を与えるところ。今の為政者たちも心に刻んだほうがいいんじゃないですか?ってことを言っていて、人生経験豊富な老練の騎士の口から、滔々と出て来る警句が見事だった。
そのサンチョも、赴任先ではなかなか立派な領主っぷりに見える。ラマンチャの一休さんだったよ。お見事なお裁きでした。
作中にピュラムスとティスペというのが出てきて、ロミオとジュリエットみたいだな、と思った。で、調べてみたらロミジュリの成立は1595年前後と言われていて、ドン・キホーテが書かれた当時は、ロミジュリは喩えに出すほどは浸透してなかったのかもしれなくて、そこにも作品の歴史を感じた。
最後には、熱病に冒されてドン・キホーテは正気に戻ってしまうけれど、それがまた、物語の終わりを象徴してるようで物悲しかった。
やっぱり、ドン・キホーテは悠々旅しながら、遍歴の騎士として死んで欲しかった気もする。
残される姪たちのことを思えば、現実に戻った方がいい。旅はちゃんと終わったんだな、とさっぱりした気持ちで読了できたとも言える。
だけど、「まだまだドン・キホーテはあちこちで事件に巻き込まれながら愉快な旅路を歩んでいる!」と、冒険物語のわくわく感を残す終幕も捨てがたいと感じたのも嘘じゃない。悩ましい。
解説とか注釈を読んでいると、改めて、400年前に海外で出版された本を今も読めるってすごいことなんだなと感じる。
翻訳の力も大きいと思うけれど、現代でも読みやすく、魅力的なキャラクターたちと一緒に冒険できて、名作ってこうやって残っていくものなんだなぁと噛み締めた。
本当に面白かった。長いからちょっと躊躇してたけど、ドン・キホーテの旅を楽しませてもらえました。
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