見出し画像

生活



彼の華奢な指が好きだった。
あなたが私の部屋に来る時は、必ずチョコレートと350mlの缶ビールを2本買ってきた。
部屋に入るとすぐに、私にキスして、缶ビールを開ける。プルタブを引っ張るとプシューとときめきが詰まった音と白い泡が湿った部屋を包む。冷たいビールだったけど、私はチョコレートとビールは合わない。とずっと思っていた。それは一度も口に出したことがない。だってあなたが、幸せそうに笑うから。これが幸せかーなんて横顔を詰って、もう一度キスをせがむ私に、「星が、綺麗だよ」とその綺麗な指で窓を指すから、丁寧に目で這って、カーテンの奥の暗い世界を手繰った。正直星なんてどうでも良かったし、目が悪い私には全てぼやけて見えたし。チョコレートが口の中で甘ったるく残るから、もうだいぶ前に愛なんてないこの部屋が、対比でとてつもなく苦く感じた。もう何も感じない部屋だと思ったから、唐突の感情に慌てた。何日か経って、彼は帰って来なくなった。目に焼き付いているのは後頭部だったり、キスの味だったり、最後に一緒に見た、星空だったり。好きだなんて言われたのは何ヶ月も前なのに、今でもあの好きを超えられるものに出会えてない。「いつも楽しそうでいいね」って今でも自分に嘘をついて、鞭を叩いてる私だけど、未だにチョコレートと缶ビールがやめられていない。抜け出せない、生活。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?