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行方知らず。

眩しい昼下がりはまるで私たちの温度のように暖かくて、幸せだと呟いた。
手を繋いで帰る帰り道は、私たちだけのヴァージンロードのように赤く染まって、高揚する気持ちと紅色の頰が優しく光る。
零さないように落とさないように、気をつけながら歩いていたつもりだった。
だって、幸せって儚いから。
幸せなんて幻想だから。

最初に彼と2人でお酒を飲んだ時に、更新を選んでいる私が素敵だと彼が言うもんだから、思わず好きだと言いそうになった。
痛いところをつかれた。
隙を見せないように生きていたつもりだったから、柔軟性だけが取り柄のように毎日笑っていた。
変化を望んでいるなんて野望ばかりの心を見せるまいと、笑ってた。
性格が丸いから私は犬のようだと、従順で、尻尾を振って愛想を振りまく、犬だと言った人がいた。
違う、私は猫のように急にいなくなるし、好きな時だけ寄っていくような気分屋だ、なんて心の中で思ったことがあった。
そんな時に私は更新を密かに、ただ沸々と選び続けていると見抜かれた。
だから、強さを持つ私には赤色が似合うと、ワインレッドの洋服を褒めそやした。
彼のことが好きだと心の底から思った。
そんな春だった。

暑がりな私たちを誘うように季節は夏になった。
どちらからともなく頭に触れ、耳に触れ、鎖骨を辿って、全身を巡るようにお互いを確かめた。
目合いの刹那すらしまい込みたくて、必死に身を捩る。
だから嫌いも好きも言い合わないような、這うような毎日だった。
誠実な人が好きだと言っているあの芸能人の所以が、今なら分かる気がした。
彼のことを益々好きになっていると気付く時は、比例をして自分のことを段々と嫌いになった。
彼の好きな煙草も真似をして、吸うようになった時には、昔の私はそこにはいなかった。
彼の唇から流れ出る言葉は度々私を震わせた。一喜一憂は彼のためにあった。彼の言葉だけ、私は更新が出来ないんだと確信した時には、もう既に遅かった。
置き去りの言葉だけが部屋中に溢れて、私を台無しにした。
繊細さのカケラもない、散らばった言葉たちが。
街中を歩いて様々な匂いで鼻の奥を麻痺させて、紛らわそうとした。
イヤホンで耳を塞いでも意味がなかった。
全てを蝕んでいる。もう戻れない。

夕焼けがあまりにも明るかったから、影も強く残る、そんな日だった。
どうしても強いタールの煙草が吸いたくなって近くのコンビニまで歩いた。
車で行こうよと言ってくれた優しい彼の手を、歩いていくから大丈夫と微笑んで振りほどいた。
1人で通るこの道は、何度通っても私の道にはならなかった。
はじめましてのような景色が夕焼けのせいで赤く、赤く燃えているようだった。
鼻の奥が擽ったくて、目を顰める。
私は明日から、彼がいなくても大丈夫だろうか。
買った煙草に火をつける。夕焼けよりも赤い火が、私を包む。
やっぱり私は、赤が似合わない。無理をしている色だ。
似合わなくて良かった、違う、本当は、似合いたかった。近づきたかった。
ごちゃごちゃな旋律で刻む鼓動が、帰る足を遅める。
玄関を開けると、おかえり、と一緒に行かなくてごめん、と申し訳なさそうな彼がこっちを見て悲しく笑った。
まるで終わりなんかないのではないか、そんな勘違いで出来上がったこの部屋に、秋の風が吹いた。
燃えるような、消える前の炎のような、真っ赤な風だった。


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