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狩人と裸の王様 【第一話】

※R18指定、閲覧注意:性犯罪、死、復讐など残酷な要素がある物語ですので、苦手な方はお読みにならないようお願い致します。

【あらすじ】
「裸の王様」に取り憑かれてゆすりと性犯罪を繰り返す男・スドウ。スドウは一度も捕まる事なく、悪びれもせず次の獲物を狙う日々を送っている。被害女性の恋人だった男は復讐に取り憑かれ、スドウを追い詰めようと画策するが……。生き延びるのは果たして悪魔か正義の者か。ある殺人計画をきっかけにそれぞれの思惑がぶつかり合う。いったい誰が奪う者で奪われる者なのか。いったい誰が狩る者で狩られる者になるのか……。

【第一話】
「一昨日引っ越してきた隣の女のこと、お前に話したよな?」
 日払いの仕分けバイトを終えて派遣会社に立ち寄った。それぞれ日当を受け取った俺とスドウは、安くて美味いイタリアンのチェーン店で晩飯を摂ることにした。そして100円のワインで乾杯した後、スドウは「盗聴」の事を話し始めた。よっぽど俺を信用したか、もしくは甘く見ているかのどちらかだが、下卑た顔つきで自慢気に話し始めたスドウを調子に乗らせて、俺はいつも通り聞き役に徹する。
「ほら、俺の部屋の隣にちょっとエロい女が引っ越して来た話しただろ?」
「なんか、イイ感じに挨拶したんですよね?」
 スドウの方が俺より年下だが、バイトの先輩だから俺は敬語で話している。
「そう。そのエロい女がさ、ゆうべさ、ぐふふふふ」
「なんなんすか、自分で笑っちゃってないで話して下さいよ」
 スドウの表情も声も仕草も何もかもが生理的に合わない。ホントにこいつといると吐き気がするなと思いながらも笑顔で先を促した。
「テレビの電波が悪いから家に入って見てくれって言うからさ、これはチャンスだと思ってさ、ぐふふふふ」
「だからなんなんすか。チャンスってまさかヤっ……」
「違う違う、盗聴器を仕掛けたんだよ、ぐふふふふ」
 こいつやっぱり世間を舐めてるんだな。
「盗聴器……そんなのすぐにバレるでしょ?」
「それがそうでもないのよ。似てるような電源タップがあったからそれと交換しておしまい。まあバレないよ」
 馬鹿。俺がバラしたらバレるだろうが。
「はあ。そんなもんすかね」
「そう、お前さえ言わなかったらバレないバレない」
 馬鹿でもそこは気付くんだな。
「俺は言わないっすよ。盗聴…どんな感じか聞かせて下さいよ」
「でも、あの時、あの女が俺の部屋も見たいって言って入って来たんだよ。もしかしたらそっちも軽くイケたんじゃね?」
 やっぱり馬鹿だわ。
「スドウさん、ちょっと爽やかイケメンだから、モテて羨ましいっすよ」
「まあ、その後、男が来て片付けを手伝ってたから、そんな展開は最初からなかったけどなあ」
 それは残念。相当がっかりしただろうに。
「ずっと盗聴してたけど、なんか二人でこそこそ話しててよく聞こえなくてよ。アッチが始まるかなあと思ったけど、男は何にもしないで帰りやがんの。よく我慢できるよな。俺なら絶対無理だわ」
 世の中の男がみんなお前みたいだと思うなよクズが。
「二人とも引っ越しで疲れたってだけで、今後は十分あり得ますよね」
「だな」
 指を油まみれにして満足そうにチキンにむしゃぶりつくスドウの醜い顔を見ながら俺は、遂にこいつを貶めるチャンスが巡ってきたと考えていた。このカードは出来るだけ慎重に、効果的に使わせて貰う。

 スドウと話した夜はいつもそうだが、気分が高揚してなかなか眠れない。
 スドウが盗聴器のレシーバーに聞き耳を立てている姿を思い浮かべる。隣の女の生活音が全部聞こえている。スドウはそれをBGM代わりに聴きながら何かの作業をする。時折舌なめずりでもしそうなイヤらしい顔になる。しっかり録音もしている。このスドウという男が盗聴だけではなく録音もする理由はただひとつ。相手の懐に飛び込むための「偶然」として使える材料を吟味するためと、相手の弱みを記録した音声データという動かぬ証拠を突き付けて脅迫するためだ。金品だけでなく身体の関係も強要する。その段階まで成功するとまたそれを記録して脅迫のネタにする。隙あらばとことん金を搾り取り、身体を蹂躙する。それがスドウのやり方だった。
 つまり、この男は常習的に盗聴と強奪と強姦を繰り返している。被害者は相当数だと思うが、悪運が強いのか、未だに一度も捕まった事がないらしい。
 スドウの日常を想像するだけで身体の中心部分に鉛でも詰め込まれたような気分になる。不快な臭いが身体を覆い、全てのメーターが振り切れてしまうような怒りを覚える。初めの内は、これまでの盗聴内容や脅迫した時の追い詰められた相手の様子、嗜虐的なレイプの様子などをスドウが、まるで武勇伝を語るように話すのを聞きながら拳を握りしめ、何度殴ろうとしたかわからない。俺も傷害でパクられるかもしれないが、そうした方がスドウの犯罪も同時に明るみに出る可能性はある。
 しかし俺は耐えた。
 もっと慎重に確実にスドウを仕留めたかった。これまでスドウが起こした犯罪が事件として表出しないのにはきっと理由があるはずだ。泣き寝入りしそうな相手を見極める鋭い嗅覚や、悪運の強さが備わっているクズなのかもしれないが、俺にはどうも他に何か具体的な理由があるんじゃないかと思えてならない。それが何なのかがわからないうちは下手に行動出来ない。
 スドウのような輩が能天気に生きていられる世の中はどこか間違っている。これまでは上手くすり抜けられただろうが、もう違う。全く罰も受けずに、何の反省もせずに好き勝手に犯罪を繰り返しているようなクソ餓鬼はちゃんと地獄に行くべきだ。
 俺がスドウを見つけたのは偶然じゃなく、ふと、地獄の使者が俺を使って突き動かしているのかもしれないと感じる時もある。スドウに気に入られて信用させるために自分も似たような手口で女を食い物にしていると嘘をついた。だが、それはただの嘘ではない。被害者だったユミコの遺書のような日記の内容から作り上げた嘘だ。実際に同じことをしている鬼畜同士ならではの共鳴が働いたのだろう。スドウが自分の罪を自慢気に話すのに時間はかからなかった。
 
 ユミコは俺の恋人だった。スドウの非道な行為の餌食となり、3か月前、自ら命を絶った。
 ユミコの職場の人の大半が俺をユミコの恋人だと知っていたので、話を聞くのはたやすかった。聞いていくうちに、怪しい人物が浮上した。ビル内の各部署に郵便物や荷物を配達する業者が出入りしていて、扉の近くのデスクだったユミコが外部業者の対応をすることも多く、いつも笑顔で言葉を交わしていたそうだ。しかしその内、その笑顔がこわばっていったと同僚の女の子が教えてくれた。その配達業者こそがスドウだった。俺はその配達業者の会社を調べ、人材派遣会社に辿りつき、スドウを見つけた。
 同じ頃、ユミコの部屋から日記が見つかった。ユミコの母親がそれを見せてくれた。正視に耐えないとはこのことだと思った。ユミコの両親はこれを読んでさぞ悔しかっただろうし想像を絶する辛さを味わったはずだ。俺も、ユミコが他の男の脅迫に屈し、無残に嬲られる様子を想像して、拳から血が流れ出すほど怒り狂った。気づけば自分の無力さを悔いてユミコに「ごめん」と言いながら泣いていた。涙が枯れる頃には怒りが無力感に代わり、体のどこにも力が入らなくなって放心状態になった。ユミコの両親が気づくまでの三日間、何も口にしておらず眠ってもいなかった。
 この日記はユミコにとって遺書であり、唯一の逃げ場だったのかもしれない。誰にも言えずに一人で苦しんでいたユミコを思うと、心臓を乱暴に掴まれて引きちぎられるような苦しみに襲われた。来る日も来る日もユミコの事を考えた。悪魔のような奴にたまたま出会って目を付けられてしまったせいで、全てを奪われてしまったユミコ。可哀そうなユミコ。愛しいユミコ。かけがえのないユミコ。
 俺は復讐という二文字に憑りつかれて生きる力を得た。
 ユミコが亡くなった後、スドウは配達の仕事をやめていたが、相変わらず同じ派遣会社からの日雇い仕事は続けていたので、俺も登録して同じ現場になるように画策した。スドウみたいなクズは出来るだけ楽な仕事を選ぶに違いないとの予想が的中してすぐに同じ現場になった。
「スドウさん、今日も一緒ですね。よろしくお願いします」
「適当によろしくな。今日の現場も楽だといいな」
「そうっすね」
 スドウ、俺はお前を逃がさない。俺がお前を抹殺してやる。なあユミコ、それでいいだろ。
 
          ※ ※ ※
 
 スドウは隣の女の部屋の様子を聴きながら、女の肢体を想像する。「暑いですね」と笑った時に首元に滴っていた汗の玉を思い出す。程よく締まった身体にふくよかな胸元と腰回りのカーブ、短パンから覗く太ももから足首、ベージュのサンダルに隠れた足の甲と水色のマニュキュア。それらが全てもうじき自分の意のままになるんだと思うと興奮する。
 ただ、隣の女はこれまでの獲物と違って生活音が聞き取りづらかった。部屋にいる時は音楽を聴いているか映画やドラマなどを見ている事が多いのだが、異常なほど大音量で流している。盗聴器を仕掛ける場所が悪かったか。さすがに電話をする時や客が来て話をする時は音量を下げるはずだ。その時に弱みになるようなネタが手に入る。気長に待てばいい。
 目を開けるといつものようにベッドの向かい側にあるソファに裸の王様が座っている。こちらを見て笑っている。頭には大きな宝石をあしらった王冠を載せ、滑らかで高級そうな生地で作られたガウンを羽織っている。それ以外は何も身に着けていない。厚みのある胸板に濃い胸毛が生えている。腹筋も割れていて堅そうだ。鍛え抜かれたマッチョな肉体だとわかる。そして男性器は常に屹立している。
「あんたに憑りつかれたせいで俺は人生を踏み外したんだぞ」
 スドウが声を出す。
「関係無いだって? ふざけた王様だな。とりあえず何か着ろよ。下着だけでもいいからよ。毎日あんたの勃起したナニを見せられるこっちの身にもなれよ。というか、だんだんサイズが大きくなってねえか。これが本当のキングサイズ! ハハハハ! 俺のおかげだって? 俺が女を弄べば弄ぶほどあんたのナニがデカくなっていくのかよ。ふざんけなよ。じゃあ関係あるんじゃねえか。悪い悪い? 謝り方が軽いな。でもあれだろ、あんたがいるから俺は捕まらずにオイシイ思いが出来てるんだろ? ウインウインの関係だよな」
「ウインウインなんて関係は糞だ。奪う者と奪われる者がいるだけだ。気を抜くな。耳を澄ませろ。誰かがあの女を訪ねて来たぞ」
 スドウは王様からの声を聴いた後、盗聴に集中した。
 隣に来た客は引っ越しの時に手伝っていた男だった。やはりあの女の恋人だろう。いつもより音楽の音量が小さくて話しの内容がよく聞きとれる。これなら録音も問題ないだろう。さきほどから部屋の住み心地だとか近所の飲食店やスーパーマーケットのことなどどうでもイイ会話が続く。そして二人で外出した。会話の内容から察するに夕飯を食べに行ったに違いない。
 少しの間スドウはベッドに横になって眠っていた。覚醒してソファの方を見る。まだ裸の王様が鎮座ましましている。不気味に笑ったままだ。相変わらず勃起を保っている。二人が帰ってきたみたいだ。楽しそうに話している。ほどなくして何か映画を見始めた。
 スドウは映画やドラマはほとんど観ない。幼い頃、両親と「スタンド・バイ・ミー」を観た記憶があるが面白くなかった。ナイフを振りかざして弱い者を脅す男だけが印象に残っている。父親と再婚したばかりの若い義母に挟まれて観ていたが、義母の身体がぴったりとくっついている部分に意識がとられていたのも原因かもしれない。スドウにとってあの映画はナイフを持った男と義母の乳房の柔らかさを思い出させるだけだった。
 隣の二人が見ているのはきっと中国映画だろう。ずっと中国語が聞こえている。なんだか退屈そうな映画だ。映画が終わったあと、一人ずつシャワーを浴びた。そうしてスドウの思惑通り、セックスが始まり、ばっちり録音出来た。それを聴きながら自慰行為を終えたスドウはそのまま寝てしまった。すでに裸の王様の姿はどこにもなかった。
 翌朝スドウは目覚めるとすぐに隣の女の様子を聴いた。一緒にいた男はどうやら泊まらずに帰ったようだ。女が出勤の為にドアを開けるタイミングを見計らって、ゴミ袋を手にしてスドウもドアを開けた。
「おはようございます」
「おはようございます。もう新居には慣れましたか?」
「はい、なんとか。近くに美味しいお店も見つけて、お陰様で新生活は快調の滑り出しです」
「そうですか。それは良かった。気を付けて行ってらっしゃい」
「ありがとうございます」
 スドウは女がエレベーターホールまで歩いていく間、後ろ姿を凝視した。衣服で隠された素肌、贅肉や筋肉の艶やかな動きを想像した。昨夜の嬌声と暗い部屋で白く蠢く女体が容易に脳内で再生される。あの女を犯したいという衝動がムクムクと湧きあがった。泣きながら抵抗する女達に挿入した時の熱く湿った快楽をもう一度味わいたい。
「今日の現場であの新人と一緒だったら昨夜の様子を聞かせてやろう。きっと目を輝かせて聞き入り羨ましがるはずだ」
 スドウは血走った眼を開け、いつまでもゴミ袋を持ったまま動かずにいた。まるで獲物に狙いをつけて執拗に追う飢えた野獣のような目つきだった。


【第二話】

【第三話】

【最終話】


#創作大賞2023 #ミステリー小説部門


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