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【創作小説】だから私は呪いをかけた

今日は外食だな、今の私にはとても晩御飯を作る元気なんてない。と思いながらフロアを出た。

エレベーターを待つ間にスマホを取り出してTwitterを開いた。飛び込んでくる文字を見つめてはため息が出そうになった。

「高梨さん、お疲れ様でした~」

「……おつかれさまでした。」

煙草休憩にフロアに出たであろう上司が後ろから声をかけてきた。びっくりするくらい覇気のない声が出た。

「高梨さん、大丈夫?疲れてる?」

「……いえ、大丈夫です。」

心配する上司に向けて何とか作り笑いを浮かべたところでエレベーターが来た。

「お先に失礼します。」

「はーい。今日金曜だし、ゆっくり休んでね」

そういって上司は喫煙室に向かった。ゆっくりなんてしていられるか。と思いながら颯爽とエレベーターに乗ってスマホの画面に視線を戻した。

「……はあ…。」

ため息が漏れた。私が人生をかけてまで情熱を注いでいたものは、こんな簡単に崩れ去ってしまうのか。私の人生ってなんだったんだろうか。

【大切なおしらせ】

今まで他人事のように思えていたこの言葉の怖さが、痛いほど身に染みた。


出会いは高校生の頃だった。友達に連れられて行った池袋サンシャインシティのレコ発イベントがきっかけだった。

イベントってなんだかもわからず、どんな人が出るのかもわからず、ただ一人じゃ不安だという彼女に頼み込まれて、「タピオカおごって」と冗談で言ったら本当におごってくれたから行った、くらいの感覚だった。

よくわからないまま待機して、始まったと思ったら現れたのが彼だった。性格には「彼ら」だったけど私には彼のことしかもう記憶にない。

正直歌もなに歌ってるかも、歌詞わからないし、周りのお客さんはさも当然かのように曲に合わせて身振り手振りをしたり、友達は隣でずっと「やばい」しか言わないし、やばいところ来たのは私の方だよ、とも思った。でも、そんなことを吹き飛ばすかのように、颯爽と私の目の前に現れた。

その時、私は確実に彼と目が合っていたし、私に向けて笑顔と向けてくれていた。今思えばただのファンサの一つに過ぎないが、高校生の私の人生が狂うには、十分すぎる出来事だった。

そこから彼の情報が得られるものはすべて得られるようにした。彼自身の発信するSNSも、公式から発表される情報も、ファンの発信する小さな口コミまですべてを見あさっていた。

友達と一緒にライブにもインストにも通ったし、大学生になってからはお互いバイト代をつぎ込んで遠征もしたりした。間違いなく、青春のすべてをささげていた。

仕事終わりの電車でも、いつもだったらSNSで彼の写真を見漁ったりしているのに、今日ばかりは指が進まなかった。彼が、遠くにいってしまう。ショックが大きすぎてなにもできなくなっていた。

『美緒、いきてるか』

待ち受け画面の彼の笑顔の上に、友達からのライン通知がかぶさってきた。

『生きてるけど、いきてない 無理』

端的にそれだけ送ってスマホを閉じた。ぼんやり窓の外の景色を見ながら、彼の姿を思い出していた。あっという間に最寄り駅について、慌てて電車を降りた。

今日は彼の好きだと言っていた、オムライスを食べに行こう。

全国チェーンのお店だし、仕事の合間に近くにお店があったら、食べに行くこともあります。なんて言っていたからいつか彼がこの店にも来るんじゃないか、なんて期待しながらいつも入っていたけど、ついに一度も会うことはなかった。もちろん今日も例外ではなく、いくら店内を見渡しても、彼はいなかった。


数日経ったある日のことだった。仕事から帰宅してスマホを見ると通知が1件増えていた。彼があの日以来初めて自分のSNSを更新した。

公式から発表されたことを、彼なりの言葉で表現していたようだった。「最後にみんなに直接さよならいえなくてごめん」なんて書いてるけど、

何度も何度も読み返しても、事実は変わらないのだと思うと、またため息がでた。彼の幸せが、素直に喜べないなんて、私はなんて心の狭い女なんだろうか。

考えないようにしよう、おめでたい事なんだから祝うようにしよう。そう思ってもステージに立っていた彼の姿やイベントで向けられた言葉と笑顔を思い出すだけで、なんとも言えない気持ちになる。あの笑顔が、もう見れないなんて、ましてや誰か一人の為に向けられるなんて。

もう彼のことを今日は考えるのはやめよう。さっさと寝て考えないようにしよう。そう思ってベットに潜り込んでも簡単には眠れなかった。

やはり、思い出すのは彼のことばかりだった。自分の彼への感情が多すぎてまたため息が出た。


『ねえ、なんでこんなショックなんだろ』

『そらショックうけ受けるよ、遥稀ロスってやつ???』

『おめでたいことなのに、素直に喜べないのつらい』

感情の赴くままに友達にラインした。友達から既読はついたけどしばらくかえって来なかった。

『無理に喜ぶことなくない? だって公式で婚約発表して突然今月末引退しますでラストライブもなしとか辞め方最悪すぎん???こっちだって推し見れる機会作ってくれるかなとか淡い期待したのになんもなしだよ???こちとらどんだけ配信ライブで我慢してたと思ってんねんって感じじゃん』

珍しく友達から長文が送られてきた。わかる、としか言いようがなかった。もう生で彼の姿を見れなくなって1年は経った。

もう生で彼の姿が見れない、という事実を突きつけられて、またため息が出た。そしたらまた友達からラインが届いた。

『だからさ、呪っちゃえばいいんだよ、祝いの左側変わっただけじゃん』

『なにいってんの』

思わず突っ込んだ。

『私のこと置いて卒業なんて信じられない!呪ってやる!みたいな?笑』

『無理にお祝いする必要ないじゃん だってうちらファンだし笑 どう思うかはうちら次第だし、公式にお怒りメールとかしなきゃいいっしょ笑』

友達から続けてラインが送られてきた。最後には笑い泣きをしたようなウサギのスタンプが送られてきた。

それを見てくすっと笑ったあとに少し回りを見渡してみた。私の部屋には彼のグッズや彼が載っていた雑誌であふれている。それは、私にできる、最大限の彼への投資であり、愛情表現のようなものだった。そうだ、私は、ステージに立って輝いている彼が魅力的で、心の底から彼を応援したかったんだ。
彼の願う幸せを、形にしていく姿が好きだったんだ。

深呼吸を一つしてから、友達とのトーク画面に文字を入力した。

『わかった。 私、遥稀に呪いかけるわ』

『絶対幸せにならないと許さない呪い』

友達の真似をして泣き笑いをするウサギのスタンプを送った。

『美緒、推しに甘すぎ笑笑笑』

大笑いするクマのスタンプが送られてきた。それを見て一笑いしてから私はドヤ顔のスタンプを送った。

甘くていいじゃない。私の彼への愛情表現はそうとしか表せないんだ。
そう気づけた途端に私の中の、彼への行き場のない感情がやっと収まったようだった。

久々に自分のTwitterの投稿欄をタップした。ここにも残しておこう。私の彼への想いを積み重ねすぎたこのアカウントには残しておかなければいけない。

『私はさっき遥稀に絶対に幸せにならないといけない呪いをかけました。笑
 お幸せに!遥稀のばかーーーーーーーーーー』

自己満足だけど、投稿したらなんだかすっとした。
スマホを閉じて立ち上がって、ライブの前日にしか使わなかったちょっとお高いパックを取り出した。いつかライブが再開した時に使おうと思って取っておいたけど、もう彼のためにこれを使うことはないだろう。
今日は、彼への気持ちを整理できた、自分のために使ってみよう。

久々にトーンアップした自分の肌を見て、満足しながら眠りについた。
今日は久々によく寝れそうだ。

#眠れない夜に

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