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その夢はおぞましく、異様に怖かった

 この記事のタイトルを考えていたとき、ふと、おぞましいとは具体的にどんなことを表すのだろうか、という疑問が浮かびあがった。この言葉をつかうことがあっても、意味はぼやけた感じにしか捉えていなかったからだ。
 「ぞっとするほど不快で嫌な感じがするさま」(旺文社国語辞典第十一版)、「接する状態に恐怖・嫌悪を覚え、そこから逃れたい、いやな思い」(岩波国語辞典第八版)ということだそうで、漢字では「悍しい」と表記するということだ。いやあ、この漢字表記は知らなかった。

 私は数カ月前、まさにおぞましく、そして異様に怖い夢を見た。怖いと言っても、崖から落ちるとか虎に追いかけられるとかというストレートな怖さではない。体の芯から冷気が滲み出てくるような怖さだった。


 私は誰かと二人でどこかの小学校を訪れた。〝誰か〟というのは、たぶん友人だろうということくらいしかわからない。小学校を訪れた理由もわからない。
 時季も不明で、わかっているのは夕方ということだけだ。ちょうど太陽が沈み終わった頃だが、これが「逢う魔が時」(大禍時・おおまがとき)という時間帯なのだろうか。
 夢だから具体的な状況は認識していない。宿直の先生がいるとかいないとか、そういう意識はなく、生徒はすべて下校し、いまは一人もいないという状況だけがある。

 校舎は一般的な南向きで、東西に細長かった。私と友人は、校舎の西端にある入り口から校舎に入った。入り口は東側と西側にあったようだが、なぜ二か所に入り口があったのかはわからない。正門は東側にあり、校舎の入り口も職員室も校舎の東側の端にあった。
 夢だから二か所に入り口があったのか、現実に二か所あったのかはわからない。

 西側の入り口から入った私たちは、東側へ伸びる廊下を西の端からゆっくりと歩いて行った。薄暗くなりつつある廊下の右側に教室が連なっている。そして、東端の、つまり、最後の教室のすぐ近くにまで行った。
 どういうわけか、そのときには友人とおぼしき人物はいなくなっていて、私ひとりになっていた。

 そして、その最後の教室の廊下で、私はおぞましい状況に遭遇したのだった。暗さを増す廊下から、ひとりの少年が窓にかぶさるようにして教室内をうかがっていた。
 夢だから細かいことはわからない。ただの、小学校中学年といった感じの男の子だった。その少年は廊下と教室を隔てる窓のガラスに両手のひらをつき、窓に顔をくっつけそうなかっこうで教室をのぞいていた。

 私がその少年に10メートルほどにまで近づいても、少年はまったく動かない。私が近づいてきたことはわかっているはずなのに、ずっと教室内をのぞいている。誰もいない、薄暗い教室のなかを。
 
 廊下はさっきより暗さを増している。表情を読むこともできない少年の横顔を見ていた私は、突然、全身に冷たい空気を吹きつけられたような、異様な寒気を感じた。そして、恐ろしい直感を覚えた。

 少年は、人間ではなかった。

 見た目は明らかに少年なのに、放たれているおぞましい気配はまるでトカゲだった。私は恐怖で足がすくみ、全身が凍りついたように動けなかった。
 不思議なことに、逃げようとは思わなかった。わずかに残っていた勇気を振り絞って、少年の姿をした怪物に何かを訴えようとした。〝おまえは何者だ〟とか、そんな意味のことを叫ぼうとしていた。
 しかし声が出ない。怒鳴ろうとしているのになかなか声が出てこない。それでもついに、大声で何か怒鳴った。


 その、自分の怒鳴り声で目が覚めた。怒鳴り声といっても言葉にはなっていない。たぶん「があ~っ」とか「ゔぁ~っ」といったような、意味不明の音声だったはずだ。
 「うわわわわ、焦ったな~」。目が覚めた私はほんとうに焦っていたのだった。
 そばで寝ていたカミさんも私の声で目が覚めたくらいだから、けっこう大きな声だったようだ。
 私はちょっと恥ずかしかったりみっともなかったりで、「あ、夢を見た」とだけぼそりと言って布団をかぶった。カミさんの笑い声が聞こえた。

 後日家族に話したら、カミさんは笑っていたがほかの家人は〝怖~っ〟と言っていた。
 久しぶりの怖い夢だった。ああ怖かった。



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