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③アンバランスなバランスの中で

次はどんなウェーブが来るか

 「サードウェーブ」が浸透して「スペシャリティーコーヒー」がすっかりメジャーになってきました。
 ぼくは、「喫茶ランドリー」という空間がとても好きです。

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 中に犬を連れて入ったり、ランドリー空間にランドセルが投げ出してあったりしてあったりと、なんていうか「誰も拒絶しなくて自由な感じ」がいいんです。
 場所も駅前や商店街にあるわけでもありません。最寄りの駅から10分くらい歩いた、マンションが立ち並ぶ住宅地の一角にあります。何でもない道を歩いていると、突然この空間が目に入ってきます。
 同じようにコインランドリーにCAFEを併設した店舗とか増えていますけど、スタイルは同じでも何か違うものを感じます。商業的なものを何となく先に感じてしまうんですよね。(商売だから当たり前なんですが。)
 「喫茶ランドリー」の雰囲気は真似したくてもなかなかできないし、スタイルだけ真似ても仕方がないと思います。この町に、このクリエイターの想いがあってこそできた空間だと感じます。
 提供する商品やサービスレベルを競う時代が終わってきて(高品質は前提として)「ひと」で選ばれる時代が訪れているのだそうです。
 景気が悪くなってきても消えてほしくなくて、その店のファンの方々に支えられる空間ってありますよね。例えば、あまり洗練されていないけれども常連さんの雰囲気がいいサビれたスナックとか。あれです。
 フォースウェーブって、もしかしたら「コーヒー+何か違うことでヒトが結びつく空間」なのかもしれないです。

「粉に挽いてください!」に戸惑う・・・

 コーヒーって、店で飲まれる機会が多いと思っていたのですが、実は家庭や職場で飲まれることが多いようです。
 そうか…だから、テイクアウトが多いのか・・・と、今さらながら自分のマーケティングセンスの無さを思い知りました。

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 たまに「豆を買って帰りたいんですが・・・」と言われるんですが、中には「ミルが無いので、粉に挽いてください」と言われ、すこし戸惑いながらも挽いて持ち帰っていただきます。
 ちょっと前まで自分もそうだったのですが、知らなかったことが多いんだなぁと感じます。

誤解1:「粉に挽いたばかり」のものがおいしい!

 コーヒーって優れたアルカリ食品で、酸化しやすいんです。
 賞味期限は、焙煎してから7日。粉に挽いてしまうと酸素に触れやすくなるので3日程度になってしまいます。抽出した飲料では30分ほどで酸化が始まります。
 ご飯は炊きたて、パンも焼きたてがおいしく感じるのと同じようなもので、コーヒーの生豆を「いつ焙煎したのか?」が大切なんです。

誤解2:水・抽出方法・豆のブレンドが秘訣

 水やコーヒーの抽出方法、豆の配合具合が味の決め手と思われがちですが、一番大切なのは豆の鮮度と品質(素材)なのです。
 焙煎してから酸化が進んでしまった豆から抽出すると苦さの中に「えぐみ」を含んでしまいます。素材がよければ、冷めてしまってもえぐみのある苦さがなくおいしさを保つことができます。
 「苦み」って、味覚的には「有毒・不快」で、忌避することで有害な物質を避ける感覚なんだそうです。
 コーヒーのおいしさって、香ばしさと苦味を中心に酸味などが絡む複雑さにあるのですが「おいしい苦み」という矛盾を含んでいます。
 子どもたちに、時々「飲んでごらん。」と言って飲ませてみるのですが揃って「苦!」と顔をしかめて飲もうとしなくなります。子どもの純粋な味覚が本能的に「苦み」から逃れようとするんですね。
 大人になるにつれて食体験を積んで「安全なんだ」と学習すること、社会的に受容されて普及し「苦みの中に苦みの種類や質感がある」と認識されることで、おいしさに変換されていくようです。
 大田蜀山人が「焦げ臭くて味わうに堪えず」と言ったのは、まだ日本社会の中で体験されていなかった苦さだったのでしょうね。

誤解3:コーヒーを飲むと眠れなくなる

 カフェインに過敏な体質や酸化が進んだコーヒーが原因の場合もあります。
 カフェインは中枢神経の活性剤でホルモンの分泌を促進させます。
 また、自律神経(交感神経・副交感神経)のバランスを整える働きがあり、血管や内臓などの生体活動を支援します。脂肪を燃焼させてエネルギーに変える新陳代謝の促進効果と筋肉疲労を癒す効果があります。
 眠気を抑えるのはアデノシンという睡眠物質を抑制することで脳を覚醒する作用によりますが「一時的に眠気を抑える」に過ぎず、効果は2~8時間と人によって幅があるそうです。
 コーヒーには「クロロゲン酸」という抗酸化作用のるポリフェノールがあってカフェインの興奮作用を緩和する作用もあります。
 そして香りです。コーヒーの香りには1,000種類の成分が合わさったもので、α波をもたらすリラックス効果や疲労軽減効果などがあります。
 さまざまな作用があるので「眠れなくなる」と言い難い気もしますが、適度な運動などと組み合わせて適度の量を適度な時間に摂ることが大切なのかもしれません。

アンバランスなバランスという魅力

 カフェインやクロロゲン酸などの優れた効力や香りは微妙な「アンバランスの中のバランス」で組み合わされています。面白いなと思うのは、画一性を追求すると見た目や味は洗練されるのですが効能のバランスが崩れてしまうということです。
 何のこっちゃと思うでしょうが、お店では均一的な焼き加減で焙煎されたコーヒー豆が売られますよね。当たり前ですけど。
 同じ色の、同じ焼き加減。
 そこに、何となく規格外の野菜がスーパーの陳列棚に並ばないのと同じようなものを感じてしまうのです。
 僕はゴチャゴチャな混ぜこぜの「多様性」ってやつが好きです。なぜなら、それが自然な姿だからです。
 カフェインとクロロゲン酸に加えて、コーヒーには「トリゴネリン」という成分があります。脳神経細胞を活性化し痴呆症状を緩和させるそうです。
 クロロゲン酸やトリゴネリンは200度以上の高温で加熱すると無くなってしまいますが、深煎りになるにつれてトリゴネンの一部が精神安定作用をもたらすニコチン酸に変わりリラックス効果が増します。
 香りについても、焙煎が進むほど無くなる成分と増える成分があり、深煎りに近づくほどリラックス効果が高まります。一方でフルーティーな甘い香りは中煎りまでがピークで深煎りになるほど減少します。
 僕は、その日に提供する分だけ少しずつ手焼きします。
 失敗したとしても気にならない量の損失ですので、安心して失敗することができて「経験値」を得ることができます。
 焙煎機を使えば均一な焼き加減にすることが出来ますが、手だと微妙な差が出ます。

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 同質化を追求してしまうことで失ってしまう効能や成分がある一方、浅煎りも深煎りも入り混じった状態にあると一杯のコーヒーで複雑な味わい・様々な効能を得ることができるのではないでしょうか。

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 今までの大量生産・消費時代は効率性が求められて多様性と個性が取り残されてしまいました。そこには経験則から導き出された正解がありました。
 でも、今までの正解が正解ではなくなってしまって何が正解なのか分からなくなってしまった今の時代は、暗中模索の中でものごとの本質を見出し「問い」を作ることが求められています。
 そこに必要になるのが、様々な角度で考える多様性や個性、様々な出会いと経験なのだと思うのです。そこに「いらないもの」はありません。
 まだらに焙煎された珈琲豆を眺めながら、ついそんなことを考えてしまいます。

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