バイト日記

あんまりこういうこと口に出すべきじゃないんだろうけど、
僕のバイト先は閑古鳥が鳴きがちな居酒屋さんだ。

控え目な規模なのもあって、大体店長(キッチン担当)とバイト一人(ホール担当)の体制で回す。
あまつさえ人が来ないというのに近頃の恐竜騒動でさらに客足が途絶える云々と店長がぼやく。ぼやき芸は彼の十八番なのである。
店内の壁かけテレビでちょうどそんなニュースが流れていた。
暴れ恐竜、未だ捕まらず

そんな折に常連のMさんがひょっこり姿を現した。
「こんばんは、いいかしら?」
もちろんどうぞどうぞ、と席に誘導しようとしたら
「いや違うのよ、今日は店長に用があってきたの」

とMさん。え、なんだろ、なんか昼ドラどろどろ系だったらめっちゃいややなめんどくさい。という僕の懸念は杞憂に終わった。
というかそんなことよりもっとヤバイことが今まさに起きようとしているということを察してしまったのだ。

「え、Mさん、なんすかそれ、、」
僕の目にとまったのは、Mさんのハンドバッグから飛び出てた爬虫類と魚類の中間みたいな生物?の頭部だった。
「ああ、話したことなかったっけ。この子はペットのモズクちゃんよ。」
そう言うやいなやMさんはおもむろにそいつの頭部を鷲掴み、バッグからずるりと引き出した。すると、今まで隠されていた頭より下の部分が露出した。見間違いだと思いたかったが、どう見ても頭から下に鶏もも肉一枚がぷらりとぶら下がっている。

……ペット?

てか生物なのかそれは。モズク要素ないし。
あっけにとられている僕にかまわず、Mさんは続ける。
「今日はこの子をね、店長に捌いてもらおうと思ってきたの。」
えっ???捌いちゃうの?ペットなんじゃないの?いやペットとは到底思えないんだけども。でも捌いちゃうの?
これ大丈夫なんですか?という視線をそれとなく店長に送ると、こちらには目もくれず、やれやれ飲みにきたんじゃねーのかよ。俺の仕事ばかり増やしやがってと言わんばかりの面持ちを浮かべながらも、Mさんからモズクちゃんを片手でしぶしぶ受け取っていた。

モズクちゃんだったもののボディ?はものの数十秒で肉片へと化した。さすが元板前。包丁さばきが鮮やかだ。
もはや眼前にひろがるのは、鶏もも肉切り落とし中パック(中パックってチューバッカみたいでかわいい)の中身と爬虫類か鯛か何かのおかしらのみであった。
「これ、どーします?」
店長がおかしらの部位をちょいとつまんでMさんに聞いていた。
「ああ、いらないから捨てといて。そっちだけもらってもう帰るから」
あ、いらないんだ。そんで鶏もも肉切り落とし中パックは持って帰るんだ。唐揚げでもつくるのかな、、せめてうちで食べてけばいいのに、、

Mさんが行ってしまってからもお客さんは来ない。
すると、ふいに外が急に騒がしくなった。
「恐竜が出たぞー!!」
「あっちだ!」
「保健所に連絡だ!!」
みたいな声が次々と上がる。しかし恐竜って保健所でいいのかしらん。
「あーあ。出たよ。この時期ほんと出るよなあ。はた迷惑な話だ。営業妨害で訴えてやろうかな。」
店長がまたぼやく。
恐竜は訴えられないでしょうけどね、なんて返そうと思ったらまた別の方角で何かでかい音。そして間もなくしてとてつもない振動が伝わってきた。
ドカーン
「か、火山が噴火したあ~~」
と、今度は店の真ん前の道路に隕石の嵐が。
ズドドドドド
「わあああああ~~~」

僕は恐る恐る店長の顔を覗き込みながら言った。
「て、店長、、言いにくいんですが、僕明日一限あるんで、、」
店長は弥勒菩薩のごとき表情で言った。
「ん、今日はどうせもう客来ないから上がっちゃっていーよ」

噛み合わせの悪い鍵をガチャガチャとやって、「ふう」と草臥れたシルバーの自転車に跨った。スタンドを蹴り上げてキィコキィコと帰路を急ぐ。
明日小テストって言ってたなあ~やだやだ。
せめて中央線が遅れませんようにっと

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